第214話 あ、自分待ち合わせには一時間前からいるタイプなので

 途端に全身を突き抜ける浮遊感。 

 先ほどまであった足場はなく、俺達は真っ白な空間に、どこまでも続くような本棚が並べられた空間に真っ逆さまに落下していた。

 当然背後にいた魔物達も同じであり、50程の魔物全てが空中に投げだされ、その異常な状況によって混乱を見せていた。


「クソジジイぃーーー!!! “試練”を始めろッ! 対象は俺の背後の連中だ!」


 突如叫び始めた俺に向かって、空中に突然投げ出された時よりも驚いた表情を向けてきたたまき。

 お前マジで今度変態趣味の貴族に売っぱらってやる。


「ウゲッ! その声は卑怯の旗!?」


 どこからともなくそんな声が聞こえると同時に、周囲には“あの気配”があふれ出した。

 背後にいる全ての魔物が震えがあり、俺とたまき、そしてたまきの抱えてたおっさんは“ブックメーカー”の隣に完全回復した状態で転移させられた。


「正規の手順ではないにしろ、ここに到達したからには試練に挑戦する権利が与えられる。己が全てを投げうってこの“最悪”を打ち払って見せよッ!」


―――そう、これこそが俺の考えていた起死回生の一手。以前に訪れた際に俺は死にかけの状態だったが、この空間に入ったと同時に全ての怪我が回復し、疲労まで嘘のように消されていた。

 全てはブックメーカーが挑戦者を図るための措置であり、世界に古くから残されている神の残した奇跡。


 これほどの奇跡を起こして挑戦させる相手は当然のことながら並大抵の物ではない。

 意識を失っているおっさんは知らないが、たまきは……ぺたんとその場にへたり込み、青い顔をしながら失禁していた。


「あ、あぁ……うぐっ………」


 “それ”からあふれ出すあまりのプレッシャーにたまきはついに戻しそうになってしまったが、それを何とか堪えながら、青い顔をして俺に視線を送って来た。


「な、なんなんすか……あの怪物……」


 そのたまきを見て、爺さんは気を良くしたのか、横に伸びている口ひげをつまんで伸ばしながらしたり顔で声をかけた。


「出来損ないの古代種。序列100位―――不死竜リアブル。それがあやつの名じゃて。序列持ちの中で最弱の竜じゃが、その特性は不死。死のうが滅ぼされようが無から再び生まれる無限の象徴じゃて」


 にやにやと、一向に俺に目を合わせない爺さんが屈みこんでたまきにいやらしい笑みを見せた。

 どうだ? 人類が決して及ばぬ怪物を前に、貴様はどう立ち向かう? と、まるでそう言っているかのように、と言うか俺は実際に言われたんだけどさ。

 この爺さんはこれでいてなかなか性格悪いからね。


 真っ白の蛇のような見た目のそれはたった1分と少しであの魔物達を虐殺し、仕事を終えたのか召喚された魔法陣の中に帰っていった。


「さて―――え、おまえまじなんで来たんじゃて!?」


「やっほーくそじじい。ひっさしぶりじゃねえか」


 先ほどまでのキャラを完全にゴミ箱に投げ捨てて、目玉が飛び出そうなほど目をむき出しにして俺を見つめるジジイ。

 うん、やっぱさっきのやつはただの現実逃避だったわけね。


「いやさー遺跡で魔物召喚とかバカなことしたやつがいてさ、そんで俺もぼこぼこにされたから逃げてきたんだわ」


「試練の場を何だと思っておるんじゃて……」


 しらんわそんなもん。


「じ、自分たちもその………あれと……戦うっすか?」


 しかし、現実についていけてないたまきは泣きそうな顔で俺と爺さんを見上げてきた。

 その仕草が妙に少女のように見えてしまった俺を心の中で最大限残酷な方法で殺してからたまきの質問に答えた。


「いんや、“戦い”はしねえよ」


「―――よ、よかったっす……先輩は試練って言うの受けなくてもよかったっすね……あんな、あんなバケモンどうやっても倒せるいがしないっすから……」


 自分がいい歳こいておもらししていることも忘れたのか、たまきはその場でホッと胸をなで下した。


「この場に来たものは必ず“試練”を受けてもらう事になる……」


 しかしそれに対して爺さんが些か弱気にそう言葉を返した。

 うん、まあそれがすべてだね。

 試練は受けるけど、戦いはしない。つまりそう言うこと。


「んじゃちょっと待っててね。まだ俺たちは“準備できてない”からさ」


 そう。ブックメーカーの取り決め上、準備を整えて“万全の状態”で戦いに臨ませなくてはならない。

 そうでなくては“最悪”を倒すことなど到底出来っこないのだから。


 絶望した表情のたまきがその場にうなだれるのを放置し、俺は準備を始める。

 先ほどリアブルが出てきた魔法陣の周囲に対古代種用の爆弾を頭のおかしくなる程積み上げていく。

 当然これだけで倒せるなんて甘い考えは持っていないので、古代種を封じる魔法陣を維持するほどの魔力が滞留するこの空間ならではのアイテムを召喚する。


「じゃじゃーん。ガート特製【円環する虚空の弾丸】と、バルヴェニー特製【再臨する悲劇の弾丸】、最後にキャロン特製【なんかとりあえずいろいろ詰め込んだ弾丸】」


 それを魔法陣の中心に置いておく。


「さて、クソじじい、準備完了だからいつでも始めて……っと、その前に、【隔絶する専守の弾丸】っと」


 イクトグラム特製の弾丸を目の前に置き、クソジジイにサムズアップして見せる。


「……はぁ、もうこいつ嫌じゃて……」

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