第213話 扉を開くって色んな意味に聞こえるよね

 全身の痛みが既に危険域に達していることは理解している。だけどもう少しだけ頑張ってくれ。


 体内に張り巡らせた糸を個性で強引に操作し、筋肉の変わりをさせながら行動を続ける。

 糸を体の中に通すってだけで当時は正気を疑われたっけな。


 まあ、俺もそれやった時には正気じゃなかったし仕方ないね。


「……あと三つ……いや四つか」


 目的のうちの一つに到達し、そこに陣を刻み込んでいく。幸いにもこの遺跡には先ほどの戦闘の影響か大量の魔力が溢れかえっている。

 神崎の一撃の要因もさることながら、会長のことを吸収したあのおっさんは相当な魔力量だったことがこんなところでうかがい知れる。


 まあ、嬉しくはないんだけどね。


「さっさといきます……か?」


 足を踏み出した時に、少しだけ気が抜けて砕け散ってた足が外側に開いてしまった。

 おかげで粉砕された骨の破片が膝の側面からと皮膚を突き破って出てきてしまったが、気持ち程度に回復薬をぶっかけて気合を入れなおし、再び走り出す。


 今の俺は骨でも筋肉でも腱でもなく、糸の力で動いているだけに過ぎない。

 つまり、俺の精神力が途切れない限りは活動し続けることが可能だ。

 相応の肉体へのダメージは当然あるが。


「よし……あと一つ」


 この遺跡の構造、大きさから逆算した“支柱”の位置。それを頭の中でマップのように投写し、そこを最短ルートで結んだ道を走る。

 時たま行き止まりにぶち当たるが、吹き飛ばせ浮かべは全て爆弾で吹っ飛ばすという力技でどうにかしているが、それでも完全な壁だと吹き飛ばすことは難しく、少々予定よりも時間が押している。

 

 俺の個性で作り上げたあの穴はそれなりの深さになっているが、討伐ランク100を超える化け物相手にそう長い間持つとは思えない。

 そう考えると自然と走る速さも早くなってしまう。


「―――ごばっ!」


 ついに内臓もいかれ始めたようだ。

 走りながら吐血し、激しく咳き込んでしまった。

 正直この状態で動くってのは常に無酸素運動しているくらいの負荷が体にかかり続ける。肉体へのダメージはそれの比にならない程深刻な物だが、酸素を取り入れないと活動できない体を、強引に動かしていれば相応のしっぺ返しは気て当然だった。


 最後の陣を刻み込み、俺は元居た広間に降りた。

 正確に言えば床を吹き飛ばして降りただけだけど。


 目の前には素手でバカみたいに穴掘りしているラングルバイコーンと、その周囲で既にミンチ肉になっている豚の化け物を未だに嬲り続けている化け物共が数体。

 その背後には討伐ランクで言えば40程の雑魚が100体くらいは現れていた。


「待たせた」


 俺はカス以下の加護のお陰か、どういう訳だか知らないが魔物にも人にも発見されにくい。そもそも存在してるのか怪しいレベルの弱さだしね。


 だからこそ、陰から穴をあけて、たまきたちの元までやってくることができたんだけど。


「な、なにしてるっすか! 怪我がひどくなってるじゃないっすか!」

 

 あぁ、はたから見たらそうなるよね。さっき吐き出した血で全身真っ赤だし、膝から骨飛び出してるし。

 間違いなくモザイク必須の見た目ですわ。


「まあそんなことはいいんだ。それより、そろそろ行くぞ」


 あそこに行くには……一度地上に出て祭壇までたどり着かなきゃならない。それが今回の一番のネックだ。


「いやいやいや!!! 喋りながら血吐いてるじゃないっすか!」


「あ? これはあれだよ、えっと……口内炎。最近酷くってさ」


「何か心配してる自分がバカみたいじゃないっすか……」


「それよりもだ。お前は祭壇にたどり着くことだけ考えろ。ここもそう長く持たないし、それに祭壇にさえ行けば万事解決だ」


「……もう先輩を疑ったりしないっすよ。自分の中では先輩は“こういう時だけは”絶対に裏切らないって知ってるっすから」


“こういう時だけは”ね。少し含みがあっておじさん困っちゃうぜ。

まあ、それでも信用されないよりはマシかな。


「んじゃ行くぞ」


 正直祭壇付近にそのまま出られれば一番だったんだけど、ラングルバイコーンにビビった雑魚どもが祭壇付近に溢れかえってるからそういかないんだよね。


 気持ち程度に作った横穴から飛び出したたまきは、おっさんを背負いながら祭壇に向かって走り始め、俺はと言えば……。


「あちょー」


 ナイスガイフェロモン、もとい魔物をおびき寄せるために作られたそれなりのお値段のアイテムをそこら中にぶちまけていた。


 その臭いを感じ取った魔物達はたまきに目もくれることなく俺に突っ込んでくる。

 いやだねぇ。どうせなら美人にこうやって群がられたいもんだぜ。


「陣術―――」


 懐に突っ込んだ手が握ったのは、一つの銃。

 闇社会を牛耳っていた男の為に調整し、そのあまりの危険性ゆえに渡すか考えてたら結局渡し損ねてしまった俺の最高傑作の一つ。


「―――反転」


 ハンドガンと呼ぶには些か大ぶり過ぎるそれは、たった一つの弾丸を打ち出すためだけに特注したものだ。

 威力はなく、速度も他の銃とさほど変わらないが、しかし、唯一その弾丸を打ち出すことができる。


「―――狂い咲く魔鏡の弾丸」


 この場において高い殺傷能力を持つ弾丸は撃てない。と言うかチャージが終わっていない。現在撃てる弾丸のなかで唯一この場を打開できるであろう弾丸を俺は魔物の群れに放った。

 通常の人間が打ち出せば、肩から先がなくなるようなバカみたいな反動を陣で反転させ、何とか打ち出せるレベルの物。

 あの無冠とかいう糞強い姉ちゃんと戦った時に使った燃え移る氷河の弾丸のような直接的な攻撃ではなく、今回はあくまでも時間稼ぎ。


 打ち出された弾丸は俺と魔物達の間で爆散し、薄紫色の粒子へと姿を変貌させた。


「————シッ!」


 途端に足を止め、周囲を見回し始めた魔物どものうち、最短ルートを潰しているやつを神剣で殺し、間を割って進めば、狂い咲く魔鏡の弾丸の効果が切れたのか、ようやく“数百人に分裂したように見えた”俺の姿を捉えることができたんだろう。


「先輩っ! 後ろ!!!」


「目閉じろッ!!!」


 背後から圧倒的な速さで迫りくるラングルバイコーン。そしてその少し背後にいる魔物の群れのことなんかとっくに理解している。

 

 だからこそ、俺は生体魔具で一つのアイテムを取り寄せ、それを祭壇に突き指すと同時に、俺の置き土産が俺の背後で網膜を焼き尽すほどの光量を生み出した。


「―――開きやがれッ!!!」



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