第212話 生存本能
カリラ達がオークの王子の転移を使って遺跡を脱出したすぐ後。剣を抜き放って決死の思い出その場に残った俺のとなりには何故かたまきの姿があった。
「どうしてお前が……」
驚き半分、焦り半分と言ったところで、この状況を打開する方法はまあ無くはない。だけどそれは俺が“一人”の場合だ。こいつを守りながらどうにかできる程今の状況が甘いものだと俺には思えなかった。それゆえの焦りが確かに俺の中にはあった。
「―――どうしてじゃないっすよっ!! 助けに来てもらって、助けてもらってはいそうですかって置いていける訳ないっすよ! あいつの中から全部……全部見てたんすから……先輩がどれだけ必死に、色々投げうって戦ってたか……自分には全部見えてたっすから!」
そう言って泣きそうな顔で俺のことを見つめてくるたまき。だけど残念ながらこの場でその気遣いは……正直言って迷惑だと俺は思ってしまった。
俺の立てた“生存の計画”が今こうして崩れ去ってしまったのが最たる要因だろう。
どうして俺はこうもついていないんだろうか。
「ハッキリ言うが、お前を守りながら戦える気がしないんだけど」
既に体は限界を超えている。激しい痛みも既に痛みという概念から熱という別の物に作り替えられているような状況だ。
簡単に言えば、あまりの激痛に既に俺のカスみてえな脳みそが処理落ちして痛みを痛みとして認識できなくなっている。
そんな状況で“足手纏い”が増えるなんて最悪でしかなかった。
「基本スペックは先輩より高いっす! それでも足手纏いになるって言うなら囮にでもしてくれて構わないっす!」
……それができないからわざわざ助けたんだろうが。
これだから若い連中は怖いんだ。一時の感情や、友情なんて淡い物で相手を更に追い詰めていくから。
「……死んでも責任は取らないからな」
「何としてでも先輩は生きたまま連れ帰るっすよ」
だけどまあ、一点だけ助かった所があるのも事実だ。
俺一人じゃあいつを運びながらこいつらを相手にするのは難しかった。相当な装備をばらまかなくてはならない算段だった。しかし、いい脚が出来た。これはひょっとするとひょとするかもしれない。
好転することはないにしても、元の作戦に近い水準のことができるかもしれない。
そう思った俺は目の前で俺の作った落とし穴にまんまと引っかかった豚の出来損ないのような魔物に目を向け、それに一つの陣を刻み込んだ。
「時間稼ぎおねシャッス」
俺の血で描かれたその陣は瞬く間に豚の体に浸透し、そして効果を発揮した。
付加した効果は単純明快。ただただ錯乱するだけの物。俺の生き血で描いたにも関わらず俺には圧倒的に出力が足りないためこの程度の効果しか発揮させられない。
だけど、それで十分だった。
アイコンタクトをたまきに送れば、たまきは即座に俺の意向をくみ取ってくれたのか、魔物の間を掻い潜る様に走り抜け、そのまま先ほど倒したおっさんの元に駆け寄った。
「————ッ!」
しかしさすがにこれだけの行動を易々と許してくれる程この世界は甘くはないようで、おっさんを担ぎ上げたたまきに向かって、二足歩行の黒い羊型の魔物……討伐ランク100オーバーの化け物であるラングルバイコーンが手に持っている赤茶けた斧を振り上げた。
「そのまま回収しろ!」
おっさんを手放そうとしたたまきに向かって声をかければ、一瞬にして表情を緊張と恐怖に染め上げたものから、普段の表情に戻した。
振り上げた斧に目もくれず、本来直撃すればたまき程度であればバラバラになってしまうような威力のそれを全く意に介さないたまきの様子をしり目に、俺は一つの陣を起動した。
「―――陣術【落撃】」
効果は単純明快。俺の個性で作り上げた穴にたまきを通常の重力落下よりも早い速度で“落とす”だけの簡単な物。
本来は空中に仕掛けて相手の行動を阻害する用途で使うのだが、今回はその応用だ。
「―――しばらくそこに隠れてろ!」
それだけ言って俺は先ほど神崎が開けた大穴にパイルを打ち込み、上層階に逃げ延びた。
ここからが時間との勝負になる。あの魔物どもが外に出るよりも早くあいつらを倒さないといけないんだから。
それに、既に上に向かい始めている魔物どもと遭遇しないように細心の注意を払わないといけない。
今の俺では出会ったら逃げる間もなく殺される。それに最悪なことに、上に行けば行くほど道の数が少なくなる構造上、迷宮を自分の足で抜け出すことは事実上ほぼ不可能に思えてならない。
……それに、どうしてあの中にラングルバイコーンなんて大物が混ざっていたのか分からねえ……。
一抹の不安を抱えながらも俺は目的のモノに向かって足を進めた。
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