第204話 新時代の弱者
その光景を一瞬私は信じられませんでした。
あれだけの攻撃を、まともに食らえば討伐ランク40程の魔物であれば一撃で灰塵と化してもおかしくはないその攻撃を、あの男は威力を上乗せした状態でトウセイレッド様に跳ね返したのです。
「下がっていろ。ここは俺がやる」
目の前でトウセイレッド様がやられたにも関わらず、ラフロイグ様はいたって冷静に事の成り行きを見守り、決着と同時にその男の前に立ちました。
私はその隙に、負傷したトウセイレッド様を始めとしたこの場に居た者達を後方に移動させ、二人の戦いを見守ることにしました。
「次はお前か?」
「どうしてお前程の“強者”が食い逃げなど行うのだ。お前程の力があれば依頼をこなすだけで簡単に金など手に入るだろうが」
「それじゃ意味がないんだよ……それじゃ最後まで弱者は弱者のまま、強者にへつらうことでしか生きていけない世界のままだ。だからこそ、やつと同じ存在を生み出さないといけないんだ」
「………それと、食い逃げになんの関係があるんだ」
「クククっ、分からないだろうよ。お前のように力のある人間にはな………」
そう言って男は再び陣術を行使し、ラフロイグ様の周囲に無数の魔法陣を展開しました。
「あんたのことはよく知っている。なんでも“無敵の防御”をもっているとか。今の俺にはそれをどうにかすることはできないが………あんた自身を止めることはできるんだぜ?」
「―――この陣でか?」
ラフロイグ様は周囲に展開された陣を一通り見回すと、呆れたようなため息をこぼした。
「興覚めだな」
「………それがそうでもないんだぜ? その陣はただの“スイッチ”だ。触れればこの街の孤児院に仕掛けた爆弾が爆発するようにしてある………これがどういうことかわかるかな?」
「———ッ!? き、貴様に人間の心はないのか!? そこまでして、そこまでのことをよくも………」
「わかったのならそこで大人しくしててくれよ最強。俺にはやらないといけないことがあるんだ」
そう言って男は私のことを一瞥すると、ニヤリと表情を歪めました。
「アンタも英雄だろ? あの蹴りには肝を冷やしたぜ」
「ラフロイグ様ほどではないにしろ、私はそれなりに強いですよ?」
「あぁ、分かってるさ。それこそ今の俺じゃどう背伸びしても及ばねえくらい強いだろうよ。だけど、強いヤツが勝つんじゃねえのがこの世界なんだ。あんたはそれを何もわかっちゃいねえ」
男が足を踏み鳴らすと同時に、再び私の周囲に魔法陣が浮かび上がりました。
先ほどラフロイグ様を囲んだものとは違い、今度は明確な攻撃の意思を感じる物です。
「追加だ。奇石:豪炎間欠」
直後、私の足元から気配を感じ、視線を落とせば、いつの間にか足元に転がされていた石から魔力があふれ出しました。
「―――はぁ……」
「吹き飛んじまいな最強ッ!!!」
四方から私に向かってくる陣術と、足元から吹き上がった炎を、私は離れた場所にある屋根の上から見ました。
―――話にならない。起動までの時間稼ぎに会話をするのであればもっと自然に、もっと狡猾に行うべきです。それに陣術は本来攻撃ではなく、牽制に使うのが最も威力を発揮します。それなのにこの男はそれが全く理解できていない。
しかし、これだけ負傷者がいる状況で戦う事はまあり望ましくありません。なので負傷者とラフロイグ様を“ほぼ停止”させた時間の中で救出し、逃げたわけですが、どうやらこの場に向かっていたのは私達だけではなく、勇者様方もこの場にいらっしゃったようですね。
今代の勇者筆頭にして、覚醒を繰り返す誠の勇者―――神崎刀矢様のパーティーが。
「―――セイントクロス」
勇者が持つにふさわしい聖剣。それが二振り。それだけでも尋常ではないのですが、何よりその二振りは、光の精霊と、風の精霊を宿す意思を持ったアーティファクト。
それらに魅入られた神崎刀矢という存在は恐らく、これからこのままの成長を続ければ間違いなく歴代最強の勇者になりえる器です。
「マリポーサは周囲の人の避難を。カシス、さっきの話が本当なら孤児院や他の施設にも何か仕掛けてあると思う。魔法探知の得意な君に捜索と破壊を頼みたいんだけど、大丈夫かな」
控えていた従者に市民の避難をさせ、顕現した風の精霊には陣の破壊を要請する。完璧な判断と、その判断までに有した時間の短さ。昔の粗削りな神崎様が今では嘘の様です。
「何言ってるの? この私がそんな簡単な
「あはは、そうだね。君にしか頼めないことだけど、君には少し退屈だったかもしれないね」
そう言いながら、手にしていた緑色の刀身を持つ剣を宙に放ると、その剣は一瞬の後に光を纏い、ヒトガタへと変貌した。
「頼んだよ」
「任せなさいよ」
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