第203話 陣

「―――ッ!? あの顔面ライダーがやられただとッ!? やつはジャックの中でもクイーン昇格間近と言われるほどの男だったんだぞッ!?」


 議長の言葉に反応を示したのはトウセイブルー様でした。


「―――全治三か月の重傷を負ったそうだ……医師の話しでは……一時は二度と使い物にならなくなる可能性さえあったと報告が来ている……」


 しかし重苦し気な空気を出しながらそう語る議長の言葉によって周囲は再び重い空気が流れ始めました。


「ただ者ではない……ということか」


 今まで沈黙を貫いていたラフロイグ様が組んでいた腕を解きながらそうおっしゃりました。


「顔面ライダーにそこまでの重傷を負わせるという事は相当な手練れ……それこそ最上位の英雄という線も捨てきれなくなったわけだな」


 冷静に分析した意見をトウセイレッド様が語り、周囲はそれに大きくうなずきました。


「急ごう。街の皆が俺達の助けを待っている!」


 レッド様がそう言うのと同時に、トウセイジャーの方々が立ち上がりました。


「件の男は今どうしているんだ?」


「―――キャバクラで無銭飲食をしたらしく、そこのボディーガードと大立ち回りを繰り広げた後に街中を逃げ回っている……今はどこにいるのかまるで分からないが……そのキャバクラを経営しているのが……」


「ま、まさかっ!」


「そう―――JB傘下の店だ」


 JB……確か相当な歴史を持つアングラ集団だったハズですね。その方たちの店でそんな事をしでかせばそれこそどうなってもおかしくないというのに……勇気があるというのか無謀なのか……


「こうしちゃいられねえ! さっさと行こうぜ!」


 そう言って周囲をせかすピンク色のコスチュームに身を包んだ方。

 彼だけはどうしてか一際滑稽に見えてしまうのはなぜなのでしょうか。


「頼んだぞ……このままではJBの連中が街で騒ぎを起こしかねない……我々もできることなら彼らとはことを構えたくはないのだ」



 その声を最後に、トウセイジャーの方々が支部を飛び出して行き、それに続き、ゆっくりとした歩みでラフロイグ様が、最後尾を私が歩いて行きました。


 先行したトウセイジャーの方々が全てを片付けてくれている事を願いつつも、胸中を這い回るような嫌な予感を感じます。


 ただの食い逃げ犯。しかし、その食い逃げ犯は私の蹴りを走りながら、“一切速度を落とすこと無く”回避をした人物。

 それがただの食い逃げ犯であるなどという希望は既に捨て去っています。


 昔誰かに聞いた例えで言えば、あれは一流の勇者や英雄に比肩する存在。

  

 しかし、今までに見てきたそう言った存在とはどこか、何かが異なる異質な存在だとも言える。


 二ヶ月ほど前に山神教が消滅し、各地に大きな衝撃が疾ったばかりだというのに、そのすぐ後にまたしてもこの不穏な騒動。


 一般的な感覚からすれば迷惑極まりないはずなのに………どうして私の心はこんなにも……跳ね上がるほどの高揚と、どうしようもない程の懐かしさを覚えているのでしょうか。


 前方を歩くラフロイグ様の後に続く事20分ほどで、各地から煙が立ち昇り、倒れ臥す人々の真ん中に立つ2人の者を発見しました。


 方や肩で息をしており、今にも倒れてしまいそうなトウセイレッド様。

 方や余裕の表情で鼻をほじる奇妙な男。


 トウセイレッド様が意を決した様に、低い姿勢から急加速を持って彼我の距離を潰し、男の懐に踏み入ったその時、トウセイレッド様の顔面が爆発しました。


「―――空雷」


 おそらく空中に仕掛けることの出来る地雷。それをあらかじめ仕掛けていたのでしょう。


 ですが、あの程度の威力の攻撃では統制協会のクイーンにまで上り詰めた方を止めるなど不可能です。


「我が手に宿るは殲滅の業火っ!悪を滅ぼし、正義を貫く断罪の炎!」


 爆発したにもかかわらず、トウセイレッド様はその場で引き絞った拳に莫大な量の加護を纏わせておりました。


 握りしめた拳がボキボキと音を奏で、限界まで引かれた弓の様に一瞬にして解き放たれました。


「バーン・ジャッジメントッ!」


 その拳が男に向けられ解き放たれた瞬間の事でした。


 拳の通過する道を逆算でもしたのか、はたまた筋肉の動きや視線から予想したのかは定かではありませんが、トウセイレッド様の拳の通る空間にまるで1つの筒と勘違いしてしまうほど膨大な量の“陣”が浮かび上がりました。


「……陣筒術じんとうじゅつ:反魔鏡」


 拳がその筒の様な陣に触れた瞬間、眩い光が陣から発せられる。目を凝らせば、その光が中で乱反射を繰り返し、その度に強さを増していることがわかりました。


「なっ!」


 渾身の一撃を無力化されたことに驚きを覚え、その場から一歩後ずさったトウセイレッド様に向け、男は指を鳴らしました。


「これは弱者の弱者による反撃だ―――堕ちろ最強」





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