第202話 仕方ないじゃないですか。お金がないんですもの

「食い逃げだーーーっ!!! だれかっ、誰かそいつを捕まえてくれ!!!!」


 買い出しの帰りに私の背後からそんな声が聞こえてきました。

 即座に視線をそちらに向ければ、私よりも少し年下くらいの男性が焦ったようにこちらに走ってくるのが見えました。

 恐らくこの方が先ほどの声の言っていた“食い逃げ犯”なのでしょう。


 そう思った直後、下半身のばねを十分に生かし、跳躍に使う筋肉を回転に変換した回し蹴りを男の顔に放ちましたが、男は私のことを驚いたような顔で見ながらも、その蹴りを滑らか過ぎる動きで回避し、そのまま走り去っていってしまいました。

 あとから追いついてきた食い逃げされた店の方が私の横で膝に手を突き、息を整え始めました。


「チクショウ……また逃げられちまった……嬢ちゃん、すまなかったな手伝わせるような真似しちまって」


「いえ。こちらこそ攻撃を回避されてしまいましたし。それで、あの方はここらで有名な方なのでしょうか?」


 “また”という事は余罪もいくつかあるような方なのでしょうね。なんでだか見ているだけで胸の奥底でむかむかと怒りにも似たような感情が湧き上がってきます。


「ああ、最近ここらで食い逃げをしまくってるって奴なんだが、如何せん逃げ足がとんでもない奴でな……なかなか捕まえられなくて困ってるんだ……」


「憲兵の方々にお話しはされたのですか?」


「それがよぉ……憲兵でも捕まえられんかったみてえでさ……」


「それほどの手練れがなぜ食い逃げなんてセコイ真似をしているのでしょうか……憲兵を撒けるほどの足があるのならギルドで依頼の一つでもした方がよっぽど実りが良いはずなのに……」


「世の中にはギルドに事情があっていけないって連中も多くいる……きっとあいつもそう言う連中と同じなのさ……まあ結局のところろくでもねえ奴ってことに変わりはねえんだがな」


 なるほど……ギルドと言えば確かに粗野な方々が多くいらっしゃる印象でしたが、そこにも行けないような方も中にはいるのですね。

 これはまた一つ勉強になりました。


「おっと、もうこんな時間じゃねえか……このままじゃ夜分の仕込みが間に合わなくなっちまう。済まなかったな! 今度内に来たらたっぷりサービスさせてくれ!」


「はい。その時は是非ご厚意に甘えさせてください」


 そう言うと店の方は少し慌てた様子で帰っていきました。

 私も暇があれば先ほどのような者を捕まえてみるのもいいかもしれませんね。

 たしか懸賞金のかかったものを捕まえて生計を立てる者達をバウンティーハンターと言うんでしたっけ? ……はて、誰かにそう聞いた気がするのですが、また思い出せませんね。

 まあ、最近物忘れが激しいようなのでこれもその内の一つだと思えば特段気にするような事でもないのですが。


 そしてその日の夜に、いつものように料理をして眠りにつこうとするような時間、私の暮らしている統制協会のマキナ支部に緊急招集のベルが鳴り響きました。

 これは一度説明を受けたことを覚えています。

 確か下級構成員のジャックでは対処不可能と判断されるもので、クイーン単体でも手に余るような脅威が発生した際に鳴り響く……と以前伺いました。


 居候させていただいている身としてさすがにこれを無視することはできません。 

 仕方がなくいつものメイド服に袖を通そうとすれば、びりっと袖の部分が肩のあたりから大きく裂けてしまいました。


「……こんな時に………昨日のうちにスペアを買っておいて正解でしたね。それにこれはもう古くなってきてしまってますし必要ありませんね」


 袖が破れ、くたびれてしまったメイド服をそのまま捨てようと思ったのですが、何故か体がそれを捨てることを拒むように、むしろその服以外を着ることを躊躇うように動きを止めてしまいます。

 どうしたのでしょうか。最近はこういったことも少なくなってきていると思ったのに。以前はポケットに入っていたびりびりに破けた汚らしい布切れを捨てようとした時でしたか。

 少し強引に体を動かそうと思えば、今度はそのメイド服を抱え込むように抱きしめ、その場に体が膝を突いてしまいました。


 仕方がないので破れた部分を継ぎ接ぎ、何とか着れる状況に戻してから統制協会の方々が集まっている場所に向かいました。


 既に会議室にはクイーンを始めとした統制協会の構成員、その中でも一定以上の功績の認められた方々が揃っていました。

 その中でもパーティー単位で郊外の魔物討伐に精を出している五人組トウセイジャーの方々が一際異彩を放っています。

 各々がイメージカラーを前面に押し出したファッションで自分を着飾り、おそろいのマントを身に着けていらっしゃいます。


 そしてその隣にいるのが、この統制協会マキナ支部の中でも最も危険な構成員とされている三代目城壁に最も近しい男―――ラフロイグ様。


 つい最近統制協会の正式な構成員となるや否や瞬く間に昇進し、今ではキングに最も近いクイーンとさえ称されるような豪傑だそうです。


 どうやら他の方々は所用でこられないらしく、私が入室すると同時に会議が始められました。


「議長を務める統制協会マキナ支部のバラン・タインだ。今回諸君に集まってもらったのは……些か耳を疑ってしまうかもしれないがたった一人の“食い逃げ犯”の捕縛をお願いしようと思ってのことだ」


 その言葉に会議室にいたトウセイジャーの方々のうちの、黄色いコスチュームを身に纏った方が声をあげました。


「この俺達にそんな下級構成員の仕事を任せるなんざどうかしてるぜ」


 そう言って議長の話しを一蹴したイエロー様。ですが、その発言は議長の次の一言で無意味なことになってしまいました。


「……捕縛に向かった顔面ライダーを始めとしたジャックの中でも上位の者達が一人の例外もなくやられたのだ……マキナ支部に顔面ライダーを上回る力を持つジャックは存在しない……不幸なことに百錬自得は今遠征中の為今作戦に参加することができないというのもあるが、さすがに顔面ライダーたちがやられた相手に同じジャックをぶつけても無意味だろう……」

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