断章 奴隷の退屈な日々

第201話 カレーはお好きですか

「————つッ! ……ったくめんどくせえですね」


 そもそも料理なんざしたことがねえってんですよ。

 私は魔族だ。だから人間の主人の時にゃ食材に触れることさえさせてもらえなかったってのに、どうして今更カレーなんざ作らなきゃならねえってんですか。


「くそめんどくせえですね……」


 適当に切った野菜を取りあえず鍋の中に放り込み火にかける。

 確か硬てぇもんから入れて火にかけときゃ柔らかくなるんでしたっけ。前に同じ牢にいた元給仕の奴隷が言ってやがりましたね。


 あいつは今頃何してやがんでしょうか。

 まあ、死んじまってるかどっかの豚の慰み者にされちまってるんでしょうけど。 

 それでも生きていりゃまあ、それなりにいい事もあるんじゃねえかって最近は思うようになってきちまいましたね。


「んでこれでしたっけ? まあどうせ最後はぐちゃぐちゃに混ぜんですから順番なんか気にしなくたって問題ねえですか」


 そう言って市販で売られてたルーをそのまま鍋の中に投げ込み、水をぶっかけて火を強くする。


「一気にやっちまった方が楽ってもんです」


 備え付けのキッチンで全開の火力を使い鍋に火をかけていれば、直ぐに茶色く何か刺激的な臭いのする泡が噴き出してきやがりました。


「―――チっ……」


 今日“も”また失敗。

 完成した物を皿に取り分け、食ってみりゃ……


「―――うぷっ!?!?」


 な、なんて不味さだってんですか……こんなもん食いてえって奴の感性が理解できやしねえです……


 野菜は噛むと中から味のしねえ汁が出てくるし、肉はとても喰えたもんじゃねえ。こんなことなら普通に焼いて食った方が100倍うめえです。


「————テメエはいつ帰って来やがんですか。とっくに晩飯の時間過ぎちまってるじゃねえですか……」


 自分の分を食べ終わり、スプーンを空いた皿に投げ込み、爪楊枝を噛みながら、反対の席に置かれた手の付けられていないカレーを眺める。

 

 なんだかここ最近は妙に静かに感じちまいます。それに、なんだか何してても詰まらねえです。


 昔は自由に生きられたらどれ程いいかなんて考えちまってたのに、いざこうして自由の身になってみりゃ、如何せんつまらねえです。


 やることがねえのもそうですし、やりてえことがねえのも原因なんでしょうけど。それでもこれほどまでに退屈だと……


「———ハっ! 何わけわからねえこと考えてんでしょうね。私らしくもねえ」


 つい今の自分を鼻で笑っちまいました。

 でもまあ、アイツの奴隷でいるのは居心地が良かった。毎日が何か新しい事の連続で、毎日が事件の連続で。


 それから何日か時間がたって、あの勇者の女どもが私の所にきやがって、カレーの作り方を教えてくれやがりました。

 聞いた方法を忠実にやってみれば、先日食べたカレーもどきとは一線を画す味になりやがりました。

 これはまあ、上手ぇじゃねえですか。

 

 それからも毎日カレーを作り、アイツからかっぱらった金が少し心配になって来た頃にギルドで依頼を受け、暇なときは外で味の研究をして、家に帰ってそれを試す。


 何故か一つのことに打ち込んでいると胸の中の苛立ちや焦燥のような物が収まっていくのが分かりました。

毎日毎日カレーばっかりを食べ、次第にカレーの原材料まで気にするようになり、調味料を揃えるために依頼をいつもより多く受け、それを時短でこなしながらカレーを作っていきます。

 少しでも、帰ってきた時に、少しでもおいしいものを食べて欲しい、最近ではそういった考えも私の中に芽生え始めました。


「あっ……カリラさん……」


 ギルドの帰り道で、目の前からサカシタ様が歩いてきました。


「こんにちは。今日も依頼を受けられていたんですか?」


「えっ……あ、はい。そう、ですね……遠征中の生活費はある程度自分たちで稼がないとだめなんで」


「そうだったんですか……勇者様方と言えど大変なんですね……」


「…………うん…………ね、ねえカリラさん、最近何かあった? 大丈夫?」


 何故か私と話しをしていたサカシタ様が私の顔を覗き込みながらそんな事を言ってきます。


「隈も凄い事になってるよ?」


「最近は少しやることが多くてあまり深い眠りにつけていないからではないでしょうか? 他には特にこれと言ったことはないのですが……」


「……そ、そっか……だけどさ、何かあったらさ……私で良かったらいつでも相談くらいなら乗るからね? 相談じゃなくても話くらい聞くから……だからあんまり抱え込まないでね……」


「……? はい。ご心配おかけして申し訳ございません」


 サカシタ様が何を言っているのか正直あまり理解できませんでしたが、一応謝罪をしておきましょう。

 ここで聞き返してしまっては彼女のメンツを潰すことに繋がってしまうような気がしますし。


「ではまた」


「う、うん……じゃあね」


 去っていくサカシタ様の後ろ姿をちらりと見やると、どこか疲れているような、そんな印象を受けます。

 疲れていたり抱え込んでしまっているのは私ではなくサカシタ様の方なのではないでしょうか。


 そうは思いますが、まあ私には関係の無い事ですのでそのままにしておくことにします。


「さて、今日も料理の研究をしなくてはなりませんね」


 なぜ自分がそうしなくてはならないのか分からないですが、夜になると自然と同じ料理をいつも作ってしまいます。

 そしてそれを二つのお皿に盛り付けるのですが、“一人で暮らしている”私がどうして二つのお皿にそれを盛らないといけないのかも、毎日同じ料理を作る理由も、なんだか少し前はわかっていたような気がするのに、今ではなぜそうしなくてはいけないのか分からなくなってしまいました。


 翌日、そんな私の元にカンザキ様がオオツカ様という方の捜索が打ち切りになることを告げに来ました。


 なぜそれを私に言いに来てくださったのかわかりませんが、私にはオオツカ様という方のご冥福をお祈りすることしかできません。

 彼にその旨を告げ、家に戻ると、何故かいつもやっていた料理をする気さえ起きず、気が付けば私は涙を流していました。

 

 ―――分からない。何がどうなっているのか分からない。それなのに、胸の中にぽっかりと穴が開いてしまったような、そんな気分になってしまいます。

 世界中の全てがどうでもよく感じ、今すぐこの場からいなくなってしまいたいという気持ちと、何故か見たこともない方の無邪気な笑顔が頭の中を過ってきます。


 あなたは―――誰なんですか?

 

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