第199話 残された者達

「戻ろうよ! 戻って……助けに行かないと!」


 最初にそう言いだしたのは坂下だった。

 坂下はもともと共感能力の高い人物だった。だからこそ、あの時ユーリが一体どんな気持ちであの場に残ることを決意したのかを想像し、一人静かに心を痛めていた。


「俺も賛成だ。さすがにこのままって訳にもいかないだろ。それにあいつは加護も寵愛も持ってないんだ……いくらでたらめな事ばかりやろうとさすがに密室で魔物の群れを食い止めるなんて無理だろ」


「そうでやんす。自分らは仲間を見捨てたくないでやんす!」


 ユーリを迎えに行くと主張する一団が盛り上がっている中、たった一人、彼の従者であったカリラだけが無言のままその場から立ち去ろうとした。


「カリラさん!? 一体どこに!?」


 一人で歩き始めたカリラに対し、宮本がその手を掴んで止めた。


「———ガハッ!」


 その瞬間、宮本の額がマキナの都の石畳を叩き割っていた。

 その一連の動作を誰一人視認することさえできず、叩きつけられた宮本も何をされたのか理解できなかった。

 

 勇者として少しづつ実戦と訓練を積み重ね始めた宮本はさすがにカリラの“攻撃の意図がない”攻撃ではそこまでダメージを負うことはなかったが、一瞬にして見ている景色が変わったことに驚き、意識がもうろうとしてしまっていた。


「———私は奴隷だ。仮にもあのバカは私の主人でやがります。その主人が言ったんですよ。晩飯までに帰るって。今日はカレーが喰いてえって。だからカレーの準備をしねえといけえんです。生憎と汚ねえ種族ってんで食材に触ることなんざできねえ立場だったもんで、飯は食う専門で作ったことがねえんです。だからいつもよりちょっとばかり時間が必要なんですよ」


 俯いたままそう言い、自身のメイド服を正したカリラは再びその場から去ろうとするも、今度は坂下がその前に立ちふさがった。


「……心配じゃないの? あんな状況だったんだよ? あんなボロボロで、私達でも勝てないような魔物が沢山いて、それだけじゃなくて、もっとやばい気配がする魔法陣まで出て来て……このままじゃ本当にユーリんが……それなのにどうしてそんなに冷静な――」


 まるで堪えていた感情を吐露するように坂下の口からスラスラと言葉が出てきた。しかし、それを止めたのは予想外にも神崎だった。


「そこまでだよ……彼女のそれを見てもまだそんなことが言えるのか?」


 神崎が坂下の方に手を置きながら、カリラのきつく握られ、血が滴っている手を指さした。


「恐らくここにいる誰よりも彼女が大塚のことを思ってる。だけど、それをするのは自分じゃないとわかっているんだ。だからこそ俺達は万全の準備を持って大塚の捜索にあたろう。もし仮にこのまま向かって大型の魔物なんかに遭遇したとしたら、俺は今戦えないし、他の皆もかなり消耗してる。大塚をもし救出できたとしても、アイツが守ろうとした俺達を危険にさらすことをあいつは許さないだろうし」

 

 そう言った神崎の手も血がにじむほどに強く握りしめられているが、掌に食い込んだ爪を更に奥に押しこむ様にして握り続けるカリラ程のもどかしさを秘めてはいない事はわかるが、彼も彼なりに相当に思い悩んでいることがうかがい知れる。


 それを見てしまった坂下はそれ以上なにも言う事が出来なくなり、それに対してカリラはあえて何も言うことはなくその場を立ち去っていった。


 その後勇者一行は会長とオークの王子、エルフの王女、そしてジョニーを統制協会に預けると、その足でギルドに向かい、その道中ランバージャックの聖十字騎士団団長エルザと合流を果たし、ギルドと聖十字騎士団、統制協会の三勢力合同による大塚悠里捜索隊が結成された。


 捜索隊が実際に稼働し始めたのは翌日の早朝で、足の速い馬で先遣隊が遺跡に向かえば、既に遺跡はまるで内側から潰されたかのように倒壊しており、捜索は不可能に思えた。

 しかし、ストラスアイラを始めとして、元統制協会クイーンの称号を持っていた男、そしてその妻の三名が瓦礫を自力で押しのけながら捜索を開始したため、その後にやってきた統制協会のメンバーを主体に捜索が再開された。


 ―――しかし、遺跡最深部まで捜索が進んだのは捜索開始から約三日後のことで、遺跡の跡地には既に赤黒く乾燥してしまった大量の血液と、魔物の物であろう死骸が山のように掘り起こされるだけで、とてもこの中から人間一人を探し当てるのは不可能のように思えた。


 周囲が絶望し、膝を突く中でも、ストラスアイラはあきらめず爪が剥がれ、指先の皮が剥がれたとしても瓦礫の撤去を行い続けた。

 時にそれは三日三晩不眠不休の作業となり、彼女が力尽きて意識を失うまで続いた。

 そして約一日の休息を経て目を覚ましたストラスアイラは再び何かにとりつかれたように瓦礫の山を押しのけるようにどかし始めた。


「———ら……さん……ストラスさんッ!」


 背後からかけられている声に気が付くこともなく一心不乱に瓦礫の撤去を行い続けていたストラスアイラを背後から羽交い絞めにしながら声をかけたのは―――神崎だった。 

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