第198話 スーパーヒーローに憧れたことはあるかい?
◇ ◇ ◇
力がこもってしまう拳から血が滴っていく。
目の前で大塚が何度も何度も倒されては立ち上がり、あの男の注目を引き続けているのを、俺は見守ることしかできない。
――――まだだ。まだ合図は来ていない。
もう大塚が地面に転がされるのは何度目だろうか。
あれだけボロボロでどうして立ち上がることができるのか。
さっき一瞬見えた。大塚の足は既に粉々に砕かれている。
それでも立ち上がるときは普段と変わらない形に“変形”している。
まるで体内にある何かが強引にその形を取らせているようにも見えてしまう。
本当なら今すぐに飛び出して、あの男を切り倒したい。だけど、まだ駄目だ。
大塚から預かった手紙、そこに書かれていた行方不明者の詳細。その中で一人付箋が張られていた人物。
村を焼かれ、恋人を奪われ、闇ギルドに登録し、ある日忽然と姿を消してしまった男。
彼は優しい男だったと記載があった。
彼はおおらかな男だと記載があった。
彼は人当たりが良い男だと記載があった。
それ以外にも人格的に優れているという記載があった。
その男がここまで落ちてしまう理由を、大塚は既に想定していた。
だから俺にこんな手紙を寄越したんだろう。
『救いたい奴がいる。今は操られている可能性が高い。それを完全に除去できるのは今の所お前の力だけだ。協力してくれ』
姿を消していた最中に俺にだけ接触してきた理由がこれだったか。そう思った。
責任を感じた。そんなことが果たして俺にできるのかと。
だけど、それと同時に嬉しく思った。
憧れた男に必要とされたことも、頼られたことも、信じてもらえたことも。
今ここで飛び出したら、仲間との連絡まで断絶して一人で情報収集をしたり、この戦いの準備を、あの男を救うための準備を進め続けた大塚の努力全てを台無しにしてしまう。
そんな事、俺にはできない。
唇からも血が滴ってきた。
それと同時に手の中に光が収束していくのが分かる。
――――この感覚は知っている。あの巨人と戦った時と同じだ。
一時的な物だが、これは覚醒で間違いないだろう。
一時的と言っても覚醒は覚醒だ。覚醒すれば俺の力の上限が少しだけ高くなる。
これが本来の覚醒だった場合は一体どれ程の力を得られるのだろうか。
そんな事を思った瞬間、視界一杯に光が入ってきた。
――――来たッ!
「――――出番だぜ“ホンモノ”さんよ」
「……大塚の稼いだ時間は無駄にしないさ。それに、大塚の何度でも立ち上がる姿が俺に勇気を、そして力を与えてくれた。そのおかげで、また俺は“覚醒”することができたよ」
この一撃に全身全霊の力を籠める。
大丈夫だ。手加減は苦手だけど、全力を一撃に込めるのは得意分野だ。
決意を胸に一歩踏み出した瞬間、自分の体から今までに体感したことがないくらい膨大な加護があふれ出したのが分かった。
「これで決めるッ!!!!」
踏み込んだ床がまるで爆発でもしたかのようにはじけ飛び、俺の体は恐ろしい程の推進力を得て打ち出される。
「シャイン―――」
「なっなんだこの加護はッ!!!」
ぎりぎりで俺の接近に気が付いた男が両手を交差させ防御の姿勢に入るけど、そんな物で防げるほど俺の一撃は甘くないッ!!!!
「ブレイバァァァーーーッ!!!!」
振り下ろした剣に確かな手ごたえを感じながら、視界一杯に広がり、遺跡の天井を貫いて尚登って行く光の柱に目を向ける。
不思議とまぶしくないな……
なんてことを考えていたら、途端に全身の力が抜け、膝から崩れ落ちてしまった。
まさしく全身全霊の、満タンからガス欠になるまで絞り出した最高の一撃だった。
光が晴れ、そこに残っていた者に目を向けた俺は、喉が乾燥し、声を出すことも出来ず、目を見開いてしまった。
ボロボロになりながら、半身が灰化しながらも、それでもその男は未だにその場に立っていたんだ。
そう言えばさっき大塚との戦いの最中に見せたあの防御の個性……あれの所有者は出てこなかった……つまり……
「げはははははッ!!! 俺の勝ちだ! 勝ったのはこの俺だぁっぁぁ……あ?」
体をふらつかせ、倒れそうになりながらも歓喜の叫びをあげたと思った直後、男の残された右肩から黒い刀身に青い刃の付いた剣が生えてきた。
「やっぱお前経験不足だわ……【過付加】」
そうつぶやいた直後、男の唖然とした表情と共に、肩に巣食っていた紫の怪物がはじけ飛んだのが見えた。
「————お前が後五年、いや、あと一年戦場に居たら俺は勝てなかったと思うよ。だけど、経験不足を力で補ってるようじゃ、俺の最悪は乗り越えられねーんだよ。残念だったな」
剣を抜き放つと同時に大塚は地面に剣を突き立て、息を乱し始めた。
それと同時に、刺された男は地面に倒れ、動かなくなっていた。
「大塚ッ!!!」
俺が大塚を抱き起すよりも早く、男の足元から巨大な魔法陣が展開され、その中から背筋が震えあがりそうになる嫌な気配が漂い始めた。
「……オークの王子様よぅ……これ見て転移は出来るかい?」
須鴨さんの治療を受け終わった茶髪の男がいつの間にか大塚の横に来て、その手から水晶のような物を受け取った。
「……あぁ。飛べると思う」
「んじゃさ、皆で逃げようや」
そう言えば転移の力があるんだった。
それに気がついた俺は大塚の代わりに周囲の仲間に声をかけた。
「皆集まってくれッ! これから転移でここから脱出するっ!!!」
俺の声に反応して皆がこっちに駆け寄ってくる。
そして俺達は王子と呼ばれた男の体に触れ、意識がない男の子? は友綱が、会長は俺が背負い、おじいさんはガリリン君が、お世辞にも綺麗とは言えない顔の女性はデーブ君が抱えることになった。
「———飛ぶぞッ!」
王子と呼ばれた男がそう言った直後、足元に俺達を囲うように魔法陣が浮かび上がった。
「魔法陣が出るんだな」
「使いこなせるようになればだけどな」
そう言った大塚はなぜか王子の体から手を離し、魔法陣の外に歩いて出て行ってしまった。
「———てめえ。私の言った事もう忘れたんじゃねえでしょうね」
「大丈夫。晩飯には帰るからさ……それに、誰かが残って足止めしないとだめじゃん? だからさ、無能な俺が残るのは合理的だと思うぜ?」
「じゃあ、俺も……」
友綱とカリラさんが手を離そうとしたのを、俺が止めた。
邪魔しちゃいけない。大塚の決意を、無駄にしちゃいけない。
「刀矢ッ! テメエまだッ――――おまっ……」
「だめだ。絶対に行かせないっ! 大塚の気持ちを俺は無駄にできないッ!」
気が付けば涙が流れていた。
悲鳴のような声をあげながらカリラさんと友綱にしがみつき、何とか魔法陣の中に押しとどめる。
「サンキューな勇者……あとは任せたわ」
こちらに背中を向けた大塚が剣を抜き放った。
「あぁ、それと、晩飯はカレーが食いてぇな」
こちらに顔だけ振り返り、いままでのような皮肉った様な笑みでは無く、純粋な子供の様な、それでいて少し困った様に眉をひそめた笑顔を見た瞬間、俺達の見ている景色が一瞬にして変わった。
「あああぁああぁあぁああーーッ!!!!」
視界が途切れる寸前、粗野な話し方でいつも鋭い目付きしか知らなかった女性の金切り声にも似た叫びが鼓膜を震わせた。
目を開ければ、目の前には街の喧騒が広がっており、機械が街中に犇いている。
――――俺達はマキナの都まで飛ばされたんだ。
「———なッ!」
それを悟ると同時に、友綱の声が上がったのを聞いた俺は友綱に視線を向けた。
「———っ!? と、友綱……“あの子”は一体……」
「飛び降りちまったんだよ……ぎりぎりで……」
◇ ◇ ◇
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