第197話 正義の味方じゃないんだ

「イイよな復讐って。目の前で故郷を焼かれたってんなら同じことをしてやりてえよな。恋人でも奪われたってんなら、そいつの嫁を寝取ってやりてえよな。すっゲー分かるよ」


 勇者としてあるまじき発言にさすがの勇者一行でさえ大塚に冷たい視線を向けてしまった。


「同じことをやり返すんじゃ意味がねえんだ。反撃の気力が生まれねえくらい徹底的にひねりつぶしてやりたくなるんだよな。それに復讐は楽しいと思うぞ。殺してえ相手をぶっ殺せるんだ。これが楽しくないはずないし、きっと清々しい気持ちになると思うよ」


 男でさえまさか誰かに復讐を肯定されるなんて思っていなかったのか、ユーリの発言にしばしば耳を疑ってしまった。


「ぐっちゃぐちゃにしてやりてえよな。死んだやつらがどう思うとか、周りがどう思うとか知ったこっちゃねぇし。復讐が何も生まねえなんてことはないと思うぞ。復讐はさっきも言ったけど気持ちいいだろ。殺してえ奴殺して、その夜にその嫁を犯すんだ。さぞ気持ちがいいだろうな。めちゃくちゃに、道具みてえにそいつの大事な女を使一人悦に浸るんだ。これが気持ちよくねえはずがねえ」


「い、いやそこまでおれは……」


「それだってのによぉ……そんなに気持ちよさそうなことを前にしてよォ……どうしてテメエは性欲より食欲取ってんだよバカ野郎がッ!!!!!」


 手にしていた剣を唐突に投げつけてきたユーリの突拍子もない行動に、回避が間に合わず男の左肩に剣が深々と刺さった。


「クズでやんす……」

「クズでござるな……」

「ユーリん……くずい……」

「まぎれもねえクズだわ……」


 勇者一同が呆れかえる中、ユーリは男に向かって駆け出し、突き刺さった剣の柄を掴むと同時に反対の手で男の顔面を強く殴りつけた。


「ぐはっ!?」


「テメエの都合なんざ知らねえよ。だけど、本当にやらなきゃいけねえことも見えなくなっちまったってんなら……目が覚めるまでぶん殴ってやらァ!!!」


 馬乗りになったまま男の顔を何度も殴り付けるユーリに、肩からあふれ出した触手が鞭のようにしなり、触手とは思えないような威力でユーリの体をはるか後方まで吹き飛ばした。


「ってえなぁ! それがテメエの作戦か! 共感したふりして俺を油断させようってんだな!」


「そんなバケモン体に閉じ込めてまで成し遂げたかったんだろ……だったら……さっさと目を覚ましやがれってんだよッ!」


「しゃらくせぇっぇえええ!!!!」


 肩から這い出した触手がその本数を途端に増やし、全てが鞭のように、勝つ槍のような鋭さを持ってユーリの全身を襲う。

 そのあまりの激しさに瞬く間にユーリの全身は血まみれになり、その場に膝から崩れ落ちてしまった。


「予定繰り上げだァ! ここまでされたんじゃ仕方がねえ! 魔物ども! こいつらまとめてぶっ殺せ!」


 男がそう言った直後、男の足元に広がった魔法陣から討伐ランクで言えば40前後の魔物が10体ほど召喚された。

 そしてそれは背後で控えていた勇者一行に向かって一目散にかけていく。

 魔物達も先頭にいる加護も寵愛も感じない男よりも、その背後で輝かしいまでの加護を放っている勇者たちを先に倒してしまった方がいいと判断したのだろう。


 即座に勇者たちは周囲を囲まれながらの防衛戦を強いられることになってしまう。


「テメエだけは……テメエだけは俺がこの手でぶっ殺してやるよォ!!!!」


 既に相手も吸収した個性の半数を失っている。だがそれでも英雄に匹敵する力を有しながら、思考は読めないという状況である。

 依然としてユーリに不利な状況だという事に変わりはない。

 そればかりか、強力な攻撃ではないにしろ常人一人を軽々と跳ね飛ばしてしまうような触手が7本もある。

 思考が読めない中これを捌き続けるのはさすがのユーリでも熾烈を極めた。


「———ガハッ……」


 立ち上がったばかりのユーリが吹き飛ばされ、再び地面を転がる。

 すかさず助太刀に行こうとしたカリラだったが、その進行方向に魔物が滑り込んできてその足を止めさせる。


「邪魔だってんですよ!」


 時間跳躍を行い、一瞬のうちに相当数の攻撃をその魔物に叩き込むも、圧倒的な防御力と、カリラ自身の火力不足によって魔物にはダメージこそいくらか与えることに成功したが、それでも致命傷と言うにはほど遠い程度の物しか与えることができなかった。


「……いってぇなチクショウ……」


「何度立とうが奇跡は起こらねえッ! 加護も寵愛も持っていねえてめえじゃ覚醒も起こらねえ! 偽物のてめえじゃここが限界なんだよ!」


 そう言いながら再び立ち上がったユーリに触手の一撃を加え、薙ぎ払うように倒した男は、既に戦える状況でもない程に打ちのめされた男が立ち上がろうとしているのを嘲笑交じりに見つめた。


 大塚悠里は一対一の場合で、尚且つ相手が高位の英雄や勇者であった場合のみ力を発揮する。圧倒的強者に対して圧倒的に強いのだが、結局はどこまで行っても一般的な力しかもっていないことに変わりはない。

 肉体の耐久力も普通の人間とほとんど変わらない。だが、異常なまでの精神力で痛みを飲み込み、活動を続けるからこそ、周囲はその事を忘れてしまうことがしばしばある。


 つまり、最初のラッシュを受けた時点でユーリの体は戦える状況ではなくなっているのだ。意識が吹き飛びそうになる程の激痛を、意思の力だけでねじ伏せ、それでもユーリは立ち上がる。

 絶対に守ることを諦めないと、500年前のあの時の約束を今でも未練たらしく守り続けるために。


「偽物に人は救えねえッ!! 偽物に奇跡は起こせねえッ!! テメエのようなまがい物じゃ超えられねえ壁があるんだ!」


 まるでその言葉は男自身に向けられた物の様で、かつて力を得る前の自分に言い聞かせているかのようにも見えた。


「―――はっ……誰が、いつ、俺が、テメエを……救うなんていったよ……」


 ボロボロで血まみれのユーリが再び立ち上がり、触手によって薙ぎ払われた瞬間、ユーリの手から何かが零れ落ちた。


 男はそれを注視してしまった。警戒してしまった。

 この男が減らず口を言うという事は何かとんでもない事をやらかす時だと、この短い時間で既に理解してしまっていたからだ。


 そしてその思考は正しかった。

 だが、その行動は間違っていた。


 手のひら大の石のような物からは爆発のように光の濁流があふれ出し、男の網膜を一瞬にして焼き払った。


「――――出番だぜ“ホンモノ”さんよ」


「……大塚の稼いだ時間は無駄にしないさ。それに、お前の何度でも立ち上がる姿が俺に勇気を、力を与えてくれた。そのおかげで、俺はもう一度“覚醒”することができたよ」



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