第196話 歴史上もっとも下品な救出劇

 ――――ぶりりりりりrrrrrr……と。その場には、とても良い子の皆にはお見せできないような惨状が広がっていた。


 それを間近で見てしまったカリラが心底不愉快そうな顔をユーリに向ける中、当の本人は「ふぅ。ひと仕事終わったぜ」とでも言いたげな清々しい表情で額の汗をぬぐっていた。



「えっと、確か出てきた奴らを抱えてくれるんだよねカリラたん?」


「死にてえんですか?」


「あはは。敵しかいねえや!」


 モザイク待ったなしの惨状がようやく終焉を迎えたころ、その場には謎の粘液まみれの見知った顔のおっさん、美しい女、イケメン、そして中性的な見た目の者が横たわっていた。

 どうやら他の者は既に吸収されてしまっているようで、たまきの様態もよく見てみればかなり衰弱が進んでいることが分かる。


「かなりぎりぎりだけど、どうにかなったな……あとはテメエに止めを刺すだけだ」


 脱糞陣術の派手すぎる反動で周囲の武器が吹っ飛んでしまったため、体が自由になった男は腹部を抱え込むようにしながら内股でその場に立っていた。


「へっ……へへへ……俺をころそうってか……? いいぜ、やってみろよッ! 俺を殺し―――ぐああぁあ! クソッ! でて……来るんじゃねえ! くそがぁぁぁあ!!!」


「え、なにまだ出したらない系?これ以上何出すっていうの?いや確かに出るのはもう糞くらいだけどさ。もしかして人前でウンコもらしたくせに今度は邪気眼? やばすぎじゃない? 並大抵の介護施設じゃ手に負えねぇレベルよ?」


 ユーリが糸を上手く使い、救出した者達を遠くに放り投げながらそんな事を言っていると、急に苦しみ始めた男が大人しくなった。


「……に、逃げてくださいッ! 俺を……こいつを殺すと、この遺跡に連れてきた200体の強力な魔物と、ここに封印されていた魔物達が街に向けて……ぐっ……お、押さえておけるのも時間の問題ですっ! だからっ……早くっ!!!」


 今までとは明らかに違う話し方に仕草をする男にユーリは再び大きなため息を吐き出した。


「カリラたん。ちょっとマジでそいつら連れて逃げてくれねえかな」


「誰がこんなばっちいもん触るかってんですよ」


「はぁ……だよね」


「話している場合では……うぐっ……」


 ユーリたちをせかしている男が地面に膝を突き、苦悶の表情を浮かべた。


「あんた、その体の本当の持ち主だな? 安心しろ。どうにかしてやる」


 ユーリが男に歩み寄ろうとした瞬間、男の方の当たりから紫色の触手のような物が突き出し、空中で蠢いた。


「あああぁぁぁぁぁっぁぁぁぁああああ!!!!!!」


 その絶叫と共に、次第に体から放つ気配が先ほどまでの悪辣な物に変わっていく。それを感じ取ったユーリは即座に剣を構え、戦闘態勢に入るが、そこに予想外の乱入者が現れた。


「ユーリん!」

「助太刀に来たでござるよ!」

「後ろは任せろでやんす!」

「大塚ッ! 大丈夫か!?」

「怪我人の治療は任せてください!」


 勇者一行がその場に到着し、須鴨が即座に衰弱の激しいたまきの治療を、他の者は戦いに巻き込まれないように倒れた者を引き摺って出口側に集めていった。


「うっへなにこれべとべとじゃん……」

「しかもなんか臭いでやんす!」

「か、会長ッ!?」


 一人内股で肩から触手を生やしながら苦しむ男とこの惨状から何となく状況を察してしまったデーブは一人目を伏せ、せめて仲間のことは守ろうと決意した。


「あぁぁぁうざってえ……うざってえんだよテメエら全員よぉ……どうして邪魔すんだよ……なんで邪魔すんだよ……俺はただ、俺から奪っていった連中に復讐してえだけなのによぉ……わりいのは俺じゃねえんだよ……アイツらが、俺の故郷を焼いたあいつらが……マイアを奪っていったあいつらがいけねえんじゃねえか……それが何で俺が悪者みてえに扱われなきゃならねえんだよ……」


 目を伏せながら譫言のようにそんな事を言い始めた男に対し、それを聞いてしまった宮本が怒りを露わにしながら声をかけた。


「復讐なんかの為にこんなことをしたのかよ……それじゃ同じじゃねえか。お前が憎む連中と、おんなじになっちまうじゃねえかよ!! どうしてその連鎖を断とうとしないんだよ! どうして、どうして報復に報復を重ねちまうんだよ……復讐なんか成し遂げても、結局死んだ連中は帰ってこねえんだよ……」


「て、めえに、てめえなんかに何が分かるってんだよぉぉおお! 俺の苦しみが! 力が無くて守れなかった悲しみが分かるとでもいうのかよ!!!」


「わかんねえよッ! わかんねえけど……それでも、復讐なんか何も生まねえ事は知ってんだ……死んでいった連中はお前にそんなことしてほしいだなんて思っちゃいねえはずだよ……ただ、お前が幸せになってくれればッて……っ! 少なくとも俺なら残された人には幸せになってほしいって―――あだっ!?」


 宮本のもっともらしい言葉を遮ったのは他の誰でもなく、大塚悠里だった。

 その表情は少しだけいつもより不機嫌なようで、宮本に向ける視線もどこか憐みのような物が含まれている。


「お前らもういいから手ぇ出すな。口も出すな。何があろうとだ。カリラ、こいつらが何かしようとしたら手加減して痛めつけてくれ。あいつとは……俺が話す」





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