第191話 過去の栄光に縋るおじさんって痛いよね
息を荒げる坂下がローズによって取り押さえられ、まさかの事態に出鼻をくじかれたキャロンは咳ばらいを一つ落とした後にどうして彼女らの目の前に現れたのかを語り始めた。
「あなたたちが向かおうとしている場所はね、既にもぬけの殻になってるのよ。今回の敵は同じ場所に居続けてくれる程バカなわけじゃない……と言うか普通に考えて拠点がばれたら移動くらいするわ。それを、ユーリの流した偽の情報を鵜呑みにしてるあんたらの脳みそがどれくらいお花畑なのかって言う話は置いておいて、あんた達が本当に目指すのはエルフの遺跡よ。あの遺跡には古代種ほどではないけど、それなりに強力な魔物が数多く封印されているわ。今回の事件の主犯はその魔物をまず間違いなく解き放つ……そしてユーリはそれを命がけで食い止めようとして失敗してしまうわ。まあ、そこまではいつものことなんだけど。だけど、問題はそこから。今の彼は……ハッキリ言えばゴミカスくらいの力しかない。“武器”が全くと言っていい程揃っていないから仕方がないんだけど、それにあの女の忘れ形見も持ってないみたいだし、正直今の状態でそれだけの数の魔物を相手にするのはかなり厳しい……と言うか不可能ね。だからあなたたちに遺跡の外で、出てくる魔物を討伐して欲しいの。私から伝えることはこれだけなんだけど、何か質問あるかしら?」
早口でまくし立てるように語ったキャロンに対し、ローズが恐る恐る挙手をした。
「気にせず話してくれて構わないわよ」
「は、はい……どうしてキャメロン・ブリッジ様が戦われないのでしょうか……あなた様が一人向かうだけで、あの人に協力するだけで全ては丸く収まると思うのですが……」
「はぁ、あなた、本当にチョコの娘? それともあの子は子供に“そんな事”も教えてあげていないのかしら……」
ほとほとあきれ果てた、と言いたげな様子で肩をすくめるキャロンに対し、ローズは僅かに眉をひそめた。
「いい? ユーリが一番かっこいいのはね、大事な物の為に全てをなげうって戦う瞬間なのよ。いつ死ぬかもわからない、勝ち目が全くなかろうと大事な物の為にその強大な敵に立ち向かうからこそヒーローって言うのはカッコイイの。チョコもあの人の姿を間近で見ていたはずなら解ってると思ってたんだけど、これは再教育が必要かもしれないわね」
「そ、そんな事の為に……あなたはあなたの愛する人が死んでしまっても良いとおっしゃるのですか!?」
先ほどまで怯えていたはずのローズがいきり立つようにキャロンに詰め寄るが、伸ばした手がキャロンに触れるよりも早く、キャロンがローズの手首を掴み上げ、彼女の小さな体からは想像もできないような力で、腕が軋むほどに強い力で握りしめた。
「いたっ―――」
「アンタ程度が何言ってんのよ。アンタ程度が何知ってんのよ。アンタ程度が何心配してんのよ。いい? 私が一番嫌いなことを教えてあげるわ。ユーリのことを知った気になった女が、テメエの価値観にユーリを当てはめて説教垂れてくるのが私は何よりも気にくわないのよ」
ポテンシャルだけで言えば、最上位の英雄に比肩しうる才能を秘めたローズであろうと、最上位ではなくキルキスとマッカランを頂点としたカーストで、こと魔法に於いてはその二人を遥かに凌ぐ力を持つ魔法の頂点に位置するキャロンからすれば、今の才能が開花する前のローズ程度はそこらの一般人と何も大差ない凡人でしかない。
なにせ、これだけの力の差を覆す凡人など、彼女は一人しか知らないのだから。
「たった一人で数万人の軍隊の攻撃を三日三晩凌ぎ続けた最硬の男が成しえなかった偉業を成し、自身の存在意義に疑問を持ち、力を使う事を躊躇っていた吸血鬼に、吸血鬼の最高峰に位置する真祖を討たせ、100年以上抗争を繰り返していた闇社会の抗争を一晩で終幕に導き、国家を一人で蹂躙した魔王を単身で打倒し、世界を敵に回そうと踏み潰していく最強を腹ごなしに叩き潰した男が………神とも呼ばれる獣をたった一人で殺し続けた男がこの程度のことで死ぬと思っているの? ………侮るなよクソガキが。私の千器は絶対に負けはしない。私の愛した男は“負けないと決めた戦い”に負けたことは一度たりともないのよ」
彼女が発したあまりの加護に、ローズは呼吸することも忘れ、その場で自分が死んでしまったかのような錯覚に落ちながらも、彼女の発する言葉を一言一句違わず脳髄に刻み込んでいた。
これほどの絶対的な信頼は一体どこから来るのだろうか。これが世界を陰で救い続けた者達の関係なのか。様々な感情が頭の中を駆け巡る。
「あっ……あぁ……」
上手く呼吸ができない。彼女の発した加護が溶け込んだ酸素を体内に入れることを体が無意識のうちに拒絶しているかのような、そんな感覚さえ覚えてしまう。
息が苦しい。息を思い切り吸い込んでしまいたい。だが、それを体の防衛本能が邪魔をしている。なまじ強いからこそわかる。目の前の女は“規格外”なんて言葉で片付けていい相手じゃない。
ローズの中で最も強い女と言えば母である戦乙女シグナトリーだった。だが、その序列が今この時音を立てて崩れ去った。
これは―――埒外の存在だ。
「わかったのならさっさと行きなさい。これはあなた達の試練と同時に、彼の試練でもあるの」
最後にそう言い残したキャロンはローズの手を離すと、そのまま足元に魔法陣を展開し姿をくらませてしまった。
本当に嵐のような存在だった。
手を離されたことによって尻餅をついてしまったローズは胸当て越しにもわかるほど大きな鼓動を刻む胸に手を当て、どうにか体を蝕み続ける恐怖を押さえつけようとしていた。
これが世界中にランバージャックという国家の名を轟かせる原因になった……文字通りこの世界で如何なる存在を敵にしようと“無敵”の国家と言わしめた原因の一人。
それを理解したローズは静かに彼女の握りしめたことによって青紫色に変色してしまった腕を勇者たちに見えないように抱え込んだ。
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