第190話 変人の偏愛

「正直今のあなた達が相手なら、数が100倍になろうと私は負けない自信があるわ。負けない実績があるわ。負けない強さがあるわ。だからつまり何を言いたいかというとね、戦いに来たわけではないのよ。それにさすがの私でも“チョコ”の子共を殺したいとなんて思わないわ。そんな事をしたらユーリに私が殺されかねないしね」


 その発言に、その聞きなれない呼び名にたった一人反応を示した者がいた。

 話に上がった二人の名前とその呼び方から目の前のローブが一体何者なのか想像してしまったローズは未だに戦闘態勢を解かない勇者一行に慌てて声をかけた。


「攻撃をやめてくださいまし! この“御方”は敵ではありませんわ!」


 自身の母であるシグナトリー・バングはランバージャック周囲で知らない者がいない程の超有名人であり、彼女の一声があればビターバレーの常駐軍が動くほどの影響力を持っている人物だ。

 それを気易く愛称で呼び、次に出てきたのはユーリと言うつい最近その正体を知ってしまった男の名前。

 この二つのことから、そして視界に入る目の前のローブを着ている者の身長が自身よりも低いという事、最後に不可視の攻撃が空中で突如爆ぜたという意味不明な力。それらを統合し、導き出した答えはたった一人。


「この御方? その子はそんなすごい子なのか?」


 そう言った宮本に向かい、ローズは鬼のような形相で詰め寄り、頭を鷲掴みにすると、叩きつけるようにして頭を下げさせた。


「申し訳ございませんッ! あなた様を羅刹の魔女――――キャメロン・ブリッジ様とは露知らず数々のご無礼をッ!」


 その名は勇者一行であろうと聞いたことがあった。悠久の時を駆ける羅刹の称号。それを受け継ぎ、尚且つ過去の羅刹の魔女全てが無しえなかった龍脈の完全制御を実現した魔法使い、魔導士、魔術師全ての魔の頂点に君臨する存在。そして、かの千器伝説に最も最初から登場する、彼を最初に助け、戦うための術を授けたとされる女。

 何千年と続く魔法史、その中で最も魔法に愛されたとされる女、羅刹の魔女キャメロン・ブリッジ。変人サーカスと呼ばれる歴史上最高峰のクランの一員であり、作り上げた伝説は数知れずの怪物。歴史に名を残しながら今も生きている数少ない存在。シグナトリーバングの第二の師匠であり、彼女の操る燃焼系魔法を教えた化け物。

 呼び名は数多くあれど、これだけは決して外してはいけないと言うものが一つある。

 それは―――絶対的千器優遇主義。他の何を置いても千器を優先し、千器の為に生き、千器の為に死ぬと公言し続けている存在。

 その千器を軽んじる発言があれば街一つを浄土に変えた、など最低最悪の噂も絶えない超危険人物。


 その超常の存在が目の前にいることに勇者一同は生唾を飲み込み、自分が千器を貶める発言や挙動をしなかったことを心からよかったと思った。


「そんなにかしこまらなくてもいいのよ? それに今の私はただの吟遊詩人よ。ユーリの活躍を、その雄姿を、あのカッコイイ姿を少しでも多くの人間に知らしめるために旅をするただの魔法使いなの」


 そう言いながらもキャメロン・ブリッジは何かを思い出しているのか、頬が上気し、体を僅かにくねらせながらフードを持ち上げて見せた。


 その顔を見た一同は再び固唾をのむことになった。

 美しすぎたのだ。現代日本からの転移者であれば“異常な程作り込まれた西洋人形”とでも称するほどの美貌を持ちながら、その容姿は酷く幼げであどけなさの残るものだった。

 だが、逆にそれが彼女の魅力を最大限に押し出しているようにさえ感じてしまう。

 フードの中から顔をのぞかせた真紅のツインテ―ルと、エメラルドのような輝きを見せる瞳にその場の者達は吸い込まれてしまうような錯覚を起こしてしまった。


「なによ。有象無象に称賛されるために私の見た目はあるんじゃないんだけど? 私の全ては私のユーリだけの物なんだから発情なんかしたら下についてるもの、切り落として捻りつぶすわよ?」


 そこまで言った瞬間だった。

 最強の魔法使いであるキャロンの体がブレたのだ。

 正確に言えば、目をハートにした坂下が彼女にタックルさながらの勢いで飛びついたのだ。


「なッ!? なによこいつぅぅうっ!!!」


「きゃわきゃわだぁっぁあっ! ナニコレ何この可愛い生物! 持って帰っていい? ねえ友綱! この子うちで育てよ!!!」


 微塵の悪意もなく、微塵の害意もなくあるのはただ純粋な愛情だったためキャロンでさえそのタックルへの反応が遅れてしまい、坂下に押し倒されてしまう形となった。

 それを見たローズは青い顔を浮かべ、キャメロン・ブリッジという女の今までの悪行を聞き及んでいた宮本は真っ青を通り過ぎて真っ白に染まっていた。


「ちょっ! アンタ離れなさいよっ!」


「ふぁああぁああ!!! めちゃめちゃ良い匂いするぅ! ほっぺもぷにぷにでかわいいぃぃ!!!」


「話を……きけぇえっぇぇええ!!!!!」


 最高の英雄の振り下ろす拳骨を頭に浴びた坂下がその後しばらくその場に正座させられたのはもはや言うまでもない。

 そして後日、坂下は“友綱! この子うちで育てよ!!!”と言う発言で宮本に密かに抱いていた感情を周囲に悟られたのではないかと不安な夜を過ごしたそうな。

  

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