第188話 奴隷の矜持
捜索の人数が増えたことが幸いしたのか、それとも何か意図がるのか、捜索開始から4日が経ったその日に件の男の目撃情報がカリラの元に舞い込んできた。
「あぁ、その男なら確か蔵書庫に顔を出していたっけな」
「んぁ? あ~そういやオークの集落の方に向かう乗合馬車に乗ってたっけな」
「あれとこれ、それとそこにあるキムチを買っていったな……にしてもあんな量何に使うつもりなんだろうな」
聞き込みを続けていたカリラにはこれらの情報はブラフに思えて仕方がなかった。
これほどまでに簡単に情報を漏らす男ではなかった。足取りを悟らせる男ではなかった。だからこそ考え込んでしまった。この情報を信じてもいいのだろうか。そう言った思考がカリラの脳内をぐるぐるとめぐっていく。
いつも通り得た情報の共有をするためにギルド酒場に行ってみれば、既にそこには難しい顔のローズと、今日から情報共有に参加することになった勇者たちがそこにいた。
「どうやらそっちも情報が急に出て来てる見てえですね」
「えぇ、そうなんですの。あの方であればこんな初歩的なミスは100%しないと思うのですが、現状の手がかりもこれしかありませんから判断しかねていたのです」
ローズが得た情報はギルドでオーク関連の情報を集めていたこと、ギルドの蔵書庫の閲覧申請をしていたこと、シティーオークの王家について調べていたという情報であり、勇者達は特注でいくつかの武器と、用途不明の棘付きブーツ、納豆、豆腐、この街にある最高の辛さを誇る唐辛子を山のように購入したという情報を持ち寄っていた。
正直意味が分からなさ過ぎて頭を抱えたくなったカリラだがその意味の分からなさが逆に彼女の行動を後押しした。
「あのバカのことなんざ考えても理解できるはずがねえです。だったらこれは全部わざとだって想定しちまった方が楽でいい。なんかしらの意味があってこの情報を開示したって考えちまえばいい。どうせあの性格のわりい野郎のことだ。こっちの動きなんざ想定してやがると思います。だったら、それに乗ってやりゃいいだけです」
そう言ったカリラは一人で立ち上がると、こっそりと進めていた旅の荷物を詰め込んだ収納袋を用意しておいてよかったと珍しく自身の心配性に感謝していた。
(情報が出たのが今日の昼過ぎ、既にあのバカはこの街に居ねえって仮定できやがる。目的地も何となくわかる……ってなると考えられることは一つじゃねぇですか)
その時のカリラの脳内にあったのは、統制協会のおひざ元である異世界都市コイキで行われたトーナメント。その決勝戦で彼が見せたあの冷徹で悪辣な顔。
今回も恐らく、バカな主人はあの顔をしながら件の男の元に向かっているのだろう。
そう思ったカリラは周囲に何かを伝えることもなくそのまま酒場を後にしようとした。
「カリラさん。ちょっと待って貰っていいかな。彼の元に行くのなら、俺達もみんな一緒に行くよ。そうじゃなきゃ協力した意味がないじゃないか」
そう言って立ち上がったのは、現勇者筆頭神崎刀矢だった。それに続くように勇者一行、宮本、坂下、須鴨、デーブ、ガリリンが立ち上がった。
「私も当然行きますわよ。これでも彼にはそれなりに恩を感じていますのでね」
最後にローズも立ち上がり、全員でギルド酒場を後にしようとした時だった。
その一向に声をかける者が現れた。
「―――あの……会計まだなんですけど……」
顔面を真っ赤に染め上げた一同が会計をそそくさと終わらせ、外に飛び出せば既に日は沈み、これから外に出る者は少ない時間になっていた。
そしてそれはユーリが意図して残した情報の有効期限が近付いていることも同時に示していた。
あまり悠長にしていると彼は次の目的地に移動してしまう。そう思った一同は即座に大型の馬車をレンタルし、馬に鞭を打って走らせ始めた。
幸いだったのは、この場に居た全ての者が既にユーリがこの街に居ないという予想を立て、遠出する準備を整えていたことだろう。
その中でも彼に直接教えを請うたローズの準備の仕方は些か杞憂なのではないかと思われる状況にさえ備えた道具がわんさか詰め込まれた収納袋をいくつも持参していた。
これだけの準備があれば道中は安全だろう。そう思って周囲を見渡したカリラはそこでようやく異変に気が付く。
「―――あの勇者が居やがらねえ……」
大型馬車の中にいたのは自分を除けばローズ、須鴨、坂下、宮本、ガリリン、デーブの6人だったことに気が付いてしまったのだ。
そこでようやく神崎が最初から“グルだった”可能性を理解したカリラは血が出る程に奥歯を噛み締め、ローズに声をかけた。
「ローズ様、あんたはこのままシティーオークのとこまでむかってくだせぇ。私はちっと野暮用がありますんで……すぐ追いつくと思いますが、追い付かなきゃそのままオークの街に入っちまってください」
そう言ったカリラはローズからの返事を待つことなく、走行中の馬車からその身を投げ出し、落下の衝撃を上手く回転に変換しながら地面に降り立った。
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