第187話 立つ鳥跡を濁さず。立つ無能跡を残さず。
◇ ◇ ◇
部屋に佇むジョニーの元にカリラがユーリの体を拭く手ぬぐいと水を持ってやってきたのはユーリが出て行ってしまってから数分後のことだった。
致命的なすれ違い。殆ど離れず看病に明け暮れていたはずのカリラがたまたま手ぬぐいを変えに行き、物音に気が付いたジョニーが部屋を覗きに来た本当に数分の出来事でのすれ違い。
その光景を見たカリラは手に持った水の張ってある桶を取り落し水が床に散らばる――――なんてことはなく、いたって冷静にその桶をベッドの横にサイドテーブルに置くと、自身が剥いておいた果物の乗っている皿を一度見やった。
「……」
今までのカリラであればその場で激高し、主人を罵倒する言葉の一つや二つ口から零れ出していてもおかしくなかったのだが、首元に触れ、どこか悲し気な表情を浮かべる彼女は何かを察しているかの如く、手の付けられていないその果物を見つめていた。
「か、カリラ殿……すみません……この老骨がもう少ししゃんとしていれば……」
「頭、あげやがれってんです。あいつが本気で逃げ出すんなら正直私でも止められねえでしょうし、それに……」
そう言ったカリラはゆっくりとした挙動でどこからかナイフを取り出し、それを指の間に挟み込み、口元を割いたかのように横に伸びさせた。
「―――どうせこれから死ぬ奴のことを気にしても何の意味もねえってんですよ」
「ヒェッ!?」
今回のカリラはただ怒り狂うのではなく、極めて理知的に温度を着実に高める炎のようにふつふつと内心でその怒りを燃え滾らせていた。
「心当たりはありやがるんですか?」
「あ、あぁ一応あるんですが……あの人の場合ブラフの可能性が……」
「さっさと教えろってんです。テメエもあのバカと地獄で再会したかねえでしょ」
その言葉を聞いたジョニーはすぐにユーリがギルドに報告をしに行くと言っていた話をカリラにすると、カリラは一度自分の部屋に戻ることさえなく、ユーリが飛び出していった窓に足をかけ、そのまま外に飛び出した。
「———ッ!?」
しかし、カリラの追跡を危惧していたユーリがただその場から逃げ出すだけなどという希望的観測の元動いたカリラは、窓に仕掛けられていたトラップに引っかかり、最初カリラを拘束していた封魔の鎖と減退の魔々織に全身を拘束され、そのまま地面に落下してしまった。
「あぁんの野郎ォ! ……ぜってえぶっ殺してやりやがるんで首洗って待ってろってんですッ!!!!」
カリラにしては珍しく、声を荒げ無駄だとわかりながらも拘束の中でじたばたと手足を必死に動かしていた。
それからジョニーがカリラの拘束を解除するのに30分ほどの時間を要し、彼女がギルドに到着したころには既にユーリはカルブロと街の中に消えた後で、その場に唯一残っていたのはカリラと同じ状態……正確に言えば同じように拘束され、そこに『猛獣注意。餌を与えないでください』と張り紙のされたローズが転がされていた。
「ローズ様じゃねえですか……あんたもあいつにやられた見てえですね……」
「ふごっ!? ~~~ッ!!!」
口に張り付けられている何かの御札のような物をカリラが引きはがすと同時に、ローズの雄叫びにも似た絶叫がギルドの中に木霊した。
「あんのクソッたれがあああぁぁぁあアア!! 八つ裂きにしてやりますわあぁっぁああああああああああ!!!!!!」
そのあまりの叫び声にカウンター内で作業していた受付嬢たちは手元の書類をばらまき、ギルド酒場では皿やグラスが床に落ちてしまう音がそこかしこから聞こえてきた。
「カリラさん!」
「ちっ。仕方ねえです。あいつをぶっ殺すまで協力してやるってんですよ」
危険な思想を持つ二人がここに協力関係を構築し、硬く手を取り合った瞬間だった。
そして、そこから4日、二人は懸命にユーリの捜索を行ったが、その尻尾さえも掴むことなく、ただただ時間だけが過ぎて行ってしまった。
焦燥と怒りを募らせる二人の前に現れたのは、ランバージャックで召喚された勇者一行こと……神崎刀矢率いる勇者パーティーだった。
先頭に立つ神崎は以前にもまして人当たりの良さそうなオーラを振りまきながらも、以前とは全く異質の、強い輝きを秘めた瞳を二人に向けた。
「大塚のことを捜索しているんだよね。よかったら俺達もご一緒させてくれないか? どうにも会長が大塚のことが心配で病院を抜け出しては夜な夜な街を練り歩いているみたいでさ……」
その場に京独綾子の姿はなかったが、前回の一件で回復しきれないダメージと個性の過剰使用によって体に支障をきたしていた京独綾子は現在統制協会の経営する病院にその身を寄せていた。
彼女の強力過ぎる力は本物であり、その中でも可逆の砂時計は自身の死さえなかったことにしてしまう。だからこそ彼女の力はそのリバウンドが他の個性の比にならない程の強大で強力な物だった。
リセットした回数に応じて個性を使用出来なくなるという副作用があるのだ。未来の戦いを捨て、ただ目の前の敵を倒すためだけの力であるのと同時に、一歩間違えてしまえば戦いに勝ったとしても未来永劫あの強力な個性が奪われるリスクをはらんでいるという力。
そしてあの戦いで京独綾子が殺された回数は計り知れない。“そう言った個性”を持つ統制協会の医師の診断では約7か月間個性の再使用が不可能になっている状況だった。
そしてそれと併発して個性の過剰使用による加護の循環不全が発生し、体が思うように動かせないなんてアクシデントまで発生してしまっている。
それでもなお京独綾子は大塚悠里のストーカーを辞めなかったわけだが、それもついこの間パーティーメンバーによって拘束され、隔離病棟に収監されることでようやくの終わりを見せたのだ。
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