第185話 “ほうれんそう”は重要

 転移後に意識を手放した俺が次に目を覚ましたのは、どこか見覚えを感じる部屋のベッドの上だった。

 柔らかなクッションに、汗ばんだ体が寝かされていることに若干の居にくさを感じていると、生活感が感じられない程に物の少ない部屋の中に来訪者が現れた。


「ユーリ殿、ようやくお目覚めになられましたか……」


 そこに立っていたのは目の下に隈を作ったジョニー爺さんだった。顔も一目でわかるほど疲れている。それくらい俺の様態は悪かったのだろう。

 まあ流石にマッカランの所に駆け込むほどじゃなかったようで安心したが。


「……すまん。世話になった」


「ユーリ殿ッ!? その体で動くのはッ!」


 俺が起き上がろうとするのを止めてくるジョニー爺さんを手で制しながら、何とか体を持ち上げ、足をベッドの外に出す。


「ギルドに報告しに行かなきゃならねえ。この依頼はやばすぎる……」


 王子の事、王女の事を捜索していればいつかあの男に行きつくだろうことが分かる。未だに明確な道筋は見えないが、アイツの中からは確かに“オークの気配”もした。恐らく王子は既にあいつに取り込まれたか、体の一部を移植されたかしているんだろう。

 あいつの能力なのか、それとも別のやつの力なのかは分からないが、最悪の想定をして動かなくてはならない。だからこそ、ギルドに行って依頼の難度の再調査、あるいはギルド自体でこの依頼を扱う事を放棄してくれれば最高なんだが……。


「まだ傷が塞がっていないんです! 無理をしてはまた―――」


「俺がぶっ倒れるだけで若いのが危ない橋を渡んなくて済むんならそれでいいよ」


 俺を止めようとしてくるジョニー爺さんの声を聞き流しながら予備の服に袖を通すと、ジョニー爺さんも意を決したのか、難しい顔でこちらを睨みつけながら扉の前に立ちはだかった。


「あなたは今は私の患者です。だから私にはあなたを止める権利がある!」


「……。そうだな。確かにアンタにゃ俺を止める権利があるだろうけどさ、俺にもやらなきゃならねえことがあんだよ。そこに権利なんか関係ねえ。だから……わりぃな」


 生体魔具で取り出した閃光弾を投げつけ、視界を潰した瞬間に窓を突き破って外に出た。

 背後からはジョニー爺さんのくぐもった悲鳴が聞こえるが、一刻も早く今はギルドに行かなきゃならねえ。

 一体どれくらい寝てたのか分からねえが、カリラはジョニー爺さんの様子から見ても大丈夫なんだろうと思う。


 裏道を使いながら街を進み、ギルドの扉を潜れば受付の前には少し前に見慣れた赤い髪の毛の女がいた。

 その女は吊り上がった目で俺を見ると、一瞬安心したような顔をしたのちに、直ぐに怒りの形相に代わってこちらに詰め寄ってきた。


「もし! どうしてあなたがここにいらっしゃるんですの! まだ怪我は完治していないとジョニーおじさまが―――」


「久しぶりだなローズ。まあ、少し話をしに来ただけだから見逃してもらえたんだよ」

 

 俺の言い訳を鵜呑みにしたわけではなさそうだが、ローズはそれ以降何も言わずに仲間を先に返すと俺の隣に再び走り寄ってきた。


「監視をしますわ」


「勘弁してくれよ……」


 どや顔で胸を張る少女は結局俺の言い分なんか聞いちゃいないようでそのまま受付の横まで行けば、いつも俺に辛辣な態度をとってくる受付嬢が「うげっ!」と言いながら裏に引っ込もうとしたが、俺の様子がいつもと違う事を目ざとく見抜いたのか、戻ろうとした足を止め、声をかけてきた。


「アンタどしちゃったのよ」


「あぁ、まあ少しな。それより依頼管理をしてるやつか、難度査定してるやつのどっちかって今いる?」


「……なんか調子狂うわね……それにあんたフラフラじゃない……すぐ呼んで来てあげるからあんたはそこ座ってなさいよ」


 こちらに視線を向けず、手をひらひらさせながら裏に引っ込んでいった受付嬢を見送り、俺はローズを伴って入り口側の壁にあるテーブルセットの椅子を引き、そこに腰かけた。


 今更ながらギルドの中を見回してみると、入って真っすぐのところにあるクエストボードを境目に、右にカウンターと、簡易テーブルが4つ、左には酒場に続く5段ほどの下り階段と買い取りブースがあるのが見る。

 本当に昔から変わらない場所だな。


「連れてきたわよ。こちら難度査定員のカクさん」


 受付嬢が連れてきたのは、髪の毛をしっかりと整え、スーツを身に纏った小奇麗な印象を与える男だった。

 その男は小脇にカバンを抱えながらこちらに来たことから、俺がどういった話をするのか既に想定しているのだろうと思う。


「あなたが最近噂になっている………ごほん。私はギルド、ビターバレー支部、クエスト難度査定員のカクと申します」


 俺の顔を覗き込んだ後に何か呟き、直ぐに自己紹介を始めたカク。既に俺の中ではこいつは糞野郎だって決まった瞬間だ。


「自己紹介は省略する。それにだいたい理解していると思うが、今回俺が受けた依頼……あれの難度の再査定か、あるいは依頼の破棄を頼みたい」


「確かエルフの王女の奪還でしたか。難度は4に設定していましたが、あなたが想像する難度は一体どれ程なのでしょうか」

 

 眼鏡を外し、レンズを磨きながらそう問いかけてきたカク。どうやらまともに取り合うつもりはないようだな。


「———9か、それ以上だ」


 11段階で分けられる依頼の難度。1~10までは数字が上がるごとに難度も上がるが、11個目の難度はそうじゃない。当時の変人サーカスやトップクランが総出で取り掛かるような“国家滅亡級”の難度であり、その発注元は基本的に国になる。

 今回の難度は万全の準備を整えた8前後の難度を回ってるパーティーでようやく攻略可能になるレベルだと俺は判断した。

 あの男との戦いはそれほどにやばい物だった。まあ、本来であれば熟練の冒険者パーティーであれば6くらいをうろついてる連中でもどうにかなるかもしれないが、もし負けた時にたまきや王子のようにあいつに取り込まれるか、移植されるとなるとその後の危険は計り知れない。だからこそ想定よりも高めで、想像を超える事態にも対処できるようにしていくのが良いだろうという判断だ。


「―――話になりませんね。そもそも、あなたは今までの最高実績が難度3じゃないですか。それで失敗したからと言ってそれをギルドの責任にしようとするのは冒険者として以前に、人間としてどうかと思いますよ」


 ―――カクがそう言った直後、カクがカバンを置いていた机が粉々に粉砕された。

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