第184話 必ず守ると決めたから。

◇ ◇ ◇


「あなたは何を見ているの?」


 その女は身分に不釣り合いな薄汚れた皮鎧を身に纏ったままこちらを振り向き、そう言った。


「何かスゲーもんを見れるような目を持ってりゃよかったんだけどさ、俺の目じゃ目の前の大事な奴くらいしか見えてねえんだわ」


 俺の答えに何故か満足したのか、その女は薬と笑みをこぼすと、俺に手を差し伸べてきた。


「そう……。それでこそ私が認めた私だけの勇者。だけど、私はそれをいいことだとは思わないわ。世界を襲った最悪。それが如何な脅威で、それを一体誰が払ってきたのか、世界はそれを知るべきだと思うの」


 足元に転がる当代最強と最強だった女を一瞥したその女は手を伸ばしあぐねていた俺の手を強引に掴み上げると、再びふわりと笑って見せた。


「あなたには世界を救う力はないし、多くを救う度量もない。だけど、あなただけが目の前のたった一人の女を救うために全てを掛けられる。命も、過去も未来もどんな苦痛だろうとそれらを全てその女の為に受け入れられる。だからこそ、あなたは世界を救う事は出来ないかもしれないけど、それでも女一人を救うついでに世界を守ってしまうことができる。古来より英雄や勇者には常にその男に見合う女が側に寄り添うものなのよ」


「あぁーっと……何言ってんだかわかんねえし、俺にはそんな大層なことできねえよ。いっつも巻き込まれて、最後には追い掛け回されて……ほんと失敗ばっかだしよ」


「ふふっ……そうね。あなたはいつも失敗ばかり。だからあなたにはあなたを支える人間が必要なの。最強でもなく、最高でもなく、全てを生かすあなたを、そんなあなたを生かす女が必要なの」


「いや、意味わかんねえよ。哲学者かお前」


「今までの話しでわからなくてもいいわ。だけど、これを聞いて同じ反応をしたら……そこの二人みたいにするから覚悟しなさい」


 そう言ってその女はキルキスの頭を気安き蹴飛ばし、マッカランの手をホコリでも払うように足でどかして見せた。


「ランバージャック第一王女、ヘネシー・ランバージャックがあなたに願うわ。あなた、私と結婚しなさい」


 ◇ ◇ ◇


 あの時、もし俺がすぐに答えを出していたら……

 あの時、もっと俺に力があれば……

 あの時、俺の抱いていた感情をしっかりと言葉にできていれば……


 ―――ヘネシーは死なずに済んだはずだ………。


 だから決めたんだろうが。準備を怠るな。深追いはするな。自信過剰になるな。だが自分を過小評価するな。そして……次は絶対に守れ。


 どんな手を使っても。どんなに笑われようとも。どんなに醜かろうと。どんなに這いつくばろうと。生きることと、守ることを諦めるな。


 歪む景色の後に、俺の目の前に男の拳が現れる。

 ―――大丈夫だ。攻撃のタイミングは既につかめてる。だから体は動く。


「終いだァァァッ!」


 振り抜かれる拳を避けられる程の運動能力は俺にはない。だからこそその拳を受け止める。その際に衝撃が体を突き抜けるよりも早くその腕を両手で掴み取る。

 あまりの拳の威力に、攻撃を貰った腹から下がカーテンみたいに巻き上がるが、それでもこの手は離さない。


「し……ん…………剣ッ!」


 生体魔具によって取り寄せたのは、神と称される化け物共を幾度となく殺してきた最強最悪の武器。

 それが俺の手の中に現れると同時に、おっさんの体にも触れた。


「―――がああぁぁぁぁっぁっぁあああああああッ!!!な、なにしやが………何をしたああぁぁぁああ!!!!!」


 ぼこぼこと体が沸騰でもしているんじゃないかという感じで湧き上がり破裂を繰り返すおっさん。

 その隙にカリラを抱えて、ある陣術を起動する。

 一度の行使で100億くらいの素材が消し飛ぶ最悪の燃費を誇る俺の生命線。


「返して………もらう………必ず、取り返しに………来るからな………ッ!」


 腕の中に眠るカリラを強く抱き、言い切った直後に俺の見ている景色が一転し、そこには見覚えのある酒棚と木製の少し軋む床があった。


「―――ユーリ殿ッ!?これは………強制帰還なのだよ!?それほどの敵がどこにいたのだよ!?」


 視界の端で騒ぎ出したエヴァンを放置しながら、俺はそのまま意識を失ってしまった。

 何とか逃げ出すことはできたが、これで俺の生命線が一つ減っちまったし、手の内も見せちまった。カリラもぼこぼこにされちまった。

 そして何より……あいつからどうしてバカな後輩の気配まで感じるのか聞き出さなくちゃならねえ。


 次会う時はテメエの知ってることを全部吐き出させて、その首跳ね飛ばしてやるときだ。

 覚悟して待ってろよゲス野郎。

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