第183話 眼帯って顔に紐の痕できるよね。

「オタクがここの主さん?いい趣味してんじゃないのよ」


『お前こそそんな貧相な力で良くここまで来やがったもんだぜ。今までのザコ供よりは少しだけ骨があるんじゃねえか?』


 ディスプレイ越しに聞こえる声は少しくぐもっていて、さらには男かも女かもわからないような声だった。


「おっさんその見た目でその声は無いわ。マジで引く」


『くけけ。そうかいそうかい。まあ、これから死ぬ奴に何言われようが興味ねえがなッ!』


 おいおい。なんで俺がここに来たのかとか、何者かとかそう言うのも聞かない感じなの?せめて話くらい聞いてよね。


 これだから脳筋は困るんだよ。


 おっさんがそう言うのと同時に周囲のホルマリン漬け共から一気に気配が生まれ、それがどんどん巨大になっていくのが分かる。

 この場に居る俺以外の存在はもれなく英雄の領域に達しているレベルのやつらだってすぐに分かる。

 この密室で、これだけの英雄に囲まれ、戦闘になったら、かなり熟練の英雄でもない限りは生存が絶望的になるね。


 まぁ――――。


『な、なんだとォォォおおっ!?』


 実験動物諸君が外に出てくる前に俺が仕掛けておいた古代種討伐用に作られた爆弾がその真下で爆発し、一斉に御臨終された。


「いやいや、さすがにこれ見よがしに動きますよーって気配出してて何も対策しない程俺は強くないからね?それに、そう言うのが動くのってホラゲじゃ常識じゃん?」


 形勢逆転。恐らく今のがこいつの切り札だろう。周囲に面倒事の予感はないし、背後のドアには念の為結界を発動しているから侵入されればすぐに分かるし、あの程度の連中にはさすがに俺の結界でも破られはしないだろう。


 比べる相手が毒を注入するタイプの敵でしかも小型の虫ってかなり悲しいけどね。


「さーどうするおっさん。大人しく俺の質問に答えてくれると嬉しいんだけど」


 俺が余裕そうにそう言ってやれば、おっさんは一度歯ぎしりをした後に、再びにやけた表情に戻ってしまった。

 その瞬間、俺の面倒事レーダーが途端に最高潮に警鐘を鳴らし始め、うなじの辺りがチリチリと焼ける様な感覚を覚えた。


「おいおい……いつだよ……」


「さあいつからだろうな。俺はお前が俺の接近に気が付いたことの方が驚きだがな」


 いつの間にか俺の背後でボロボロで血まみれのカリラを引き摺るような姿で立っていたおっさん。そのおっさんは先ほどまでディスプレイ越しに話をしていたはずだし、それに時間操作を使えるカリラがここまでぼろぼろにされるなんて相当な相手だろうと想像できる。

 だが、それだけじゃない。それだけでこれほどの警鐘はならないんだ。


「お前……一体“なんだ”?」


 複数の気配を持ち、思考も苦痛、悲しみ、焦燥、不安、様々な負の感情を押し固めた中にある狂ったような歓喜。それがこの男から感じる感情。

 そして見えるビジョンが計“8”もある。全てが別々のタイミングで異なった攻撃を仕掛けてきている。

 そんな未来がはっきりと見えてしまう。


「何、か。さっきも言ったが、どうせ死ぬ奴にそんな事を話す意味がるのか?」


 何とか会話を引き延ばして打開策を探さねえとやべえ。能力の合計値はそこまでってわけじゃねえが、それでも俺の戦い方の全てが通用しない可能性がある。それだけで俺にとっては脅威どころの問題じゃねえ。

 ハッキリ言ってこいつはやばすぎる。


「おーおー。焦ってんじゃねえか。いいねいいね。そうだもっと考えろ。もっと深く集中しな!そうすりゃ……」


 ――――その瞬間、俺の見ている景色がグニャリと湾曲した。


「———ラクにイケるぜ?」


 振り抜かれた拳を視認さえできなかった。

 ただ、俺は殴られたってことだけが頭の中で現象として理解され、地面を滑る体が経験則によって勝手に起き上がり、やつの次の行動に全神経が集中してしまう。


「それそれ。それが最高なんだァ!」


 そして再び歪む景色を感じた直後、俺はまるでオモチャのように投げつけられたカリラによって吹き飛び、そのまま彼女を伴って壁に叩きつけられた。


「———ガハッ!」


 何もできない。させてもらえない。これほどの逆境で、それでもあきらめきれず俺は打開策を探している。

 最初の一撃で恐らく頬骨と顎が砕けてる。壁にぶつかったときに吐き出した血に俺の歯が混ざってたのも見えた。

 

「お前は俺を倒す事よりもその女をどう助けるかを考えてたな?あぁ、分かるぜ。大事な仲間だもんなァ!だけどよ。この俺の前でその態度は少し傲慢だぜ?」


「へっ……それを分かってて……カリラたんを返して……くれるとかなに?……おまえツンデレさん……なの?」


「アァ、そうだな。俺の“中には”そう言う性格だった奴もいたなァ……まあもうとっくの昔に死んじまってるがなァ!!!」


 その場での踏み込みだというのに、何故か目の前で巨大な破城槌が振り上げられたかのような気配を感じる。

 目に見える光景ではなく、俺の経験、俺の勘を信じて真横にカリラを抱えたまま飛び込めば、俺が打ち付けられた壁が吹き飛び、そのまま瓦礫の城の外まで見える様な穴に代わってしまった。


「避けんのかよォ!随分な適応速度じゃねえか!」


 いつ移動したか分からねえけど、拳を振り上げて、そこから動き出すまではあの場所に居たはず。それなのに、拳を振り切った時には俺のことを拳の射程圏内に収めていた。

 そう言う個性か異能を持っている?どういう個性だってんだ……


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