第180話 気を許し過ぎない方が信用に繋がることもある。

 カウンターを離れた俺達はそのまま店の端にあるテーブルに腰を据えなおした。そこで先ほどのオヤジは俺達の体面に座り、俺と、俺の隣に座るカリラをちらりと見やると薄汚れた手帳を開き、頭をかきむしった。


「話には3人組って聞いてたんだが……?」


「あぁ。モテる男は辛ェんだよ」


 そう言ってやれば隣からは辛辣な視線と、正面から溜め息がこぼれた。

 全くこのおっさんは男を見る目が全くなくて困っちまうぜ。


「とりあえず、俺達に聞くよりお前が持てる情報をべらべら話してくれた方が楽なんだけど?」


 少しだけ真面目に視線を向ければ、オヤジはやれやれと言いたそうな顔で首をすくめ、ショルダーバックの中に押し込まれた先ほどの手帳よりも二回りほど大きなノートを取り出した。

 そのノートはこのオヤジの身なりに反して綺麗に整頓がされていることが一目でわかるくらい綺麗に付箋やマークが付けられていた。


「俺の調べじゃあんたらは失踪した王子の捜索に来たか、山神教の粛清について捜査しに来たかだとアタリを付けてんだが、王子の捜索なら、王子の最後の目撃情報と、その前の王子の不審ないくつかの行動、王家の軋轢なんて感じだな。山神教の粛清の場合は、山神教の最近の資金流用や新しい司祭の現状、信徒の行動だな」


 そう言いながらぱらぱらと大きな方の手帳をめくっているオヤジが視線をあげてこちらをちらりと見やった。

 俺達の反応……というか今の話しを聞いて俺達の返答を待っているようだった。

 ここで意地悪をしても面倒になるだけなのでそろそろまともに話を聞いてやろう。


「どちらか答えるつもりはないから両方の情報を貰えるか?」


「———まぁ、そうだろうと思ったよ……」


 再びショルダーバッグをごそごそと漁り始めたおっさんは中から丁寧にまとめられた紙束が取り出された。

 本当いい意味で見た目と仕事の内容がかみ合わないおっさんだな。


「こっちが山神教の資料で、こっちが王子の情報だ。内訳だが、山神教の情報が400万、王子の情報が2100万、ここまでの手間賃合わせて2800万ってところだが、支払いはどうする?現金がねえ用なら魔石換算でも構わねえぜ?」


「安心しろ。現金で、一括だ」


 生体魔具に繋がれた倉庫に保管されてる現金をおっさんの目の前に出してやれば、一体どこから出したのか、そして俺達のこの見た目でこれだけの金をポンと出せることに驚きを隠せないようで、一瞬目が飛び出しそうになりながらも、俺の個性がそう言う類の物であると想像したのだろうか、一つ小さな咳ばらいをしたのちに、カバンには到底収まりきらない量の金をどうしようか悩み始めてしまった。


「へたくそな演技はしなくていいぞ。あんたくらいの情報収取能力があるやつがただのアングラーなわけないだろ。お前の正体を詮索されたくないのならさっさとその“特別製の”収納袋に金詰めて行きな」


「アンタ一体何者なんだよ……俺にはそれだけがどうしても分からねぇ……」


 一度カリラを見やったオヤジが頭をかきむしりながら三白眼を俺に向けながら肩を落とした。


「俺の正体があんたの仕事に何か関係があるのか?それとも俺の知らない間にアングラー界隈に客のことをいちいち詮索しないといけないルールでもできたのか?」


「いや、そう言う訳じゃねえんだが……」


「じゃあお前はその金を持って黙って帰るんだな。そこまでして初めて一流のアングラーだぜ?」


 俺の声に表情を歪めたおっさんは投げ出されるように置かれた金を収納袋に詰め込み、そのまま恨めしそうな顔でこちらをちらりと見ながらギルドの外に出て行ってしまった。


「よかったんですかあんな大金ポイと出しちまって」


「あぁ大丈夫。むしろ俺としてはあの男は信用しても良いと思えるんだよね。普通ならあそこで俺達のことを詮索するのはリスクにしかならないはずだし。嘘を言ってたなら尚更ね」


 嘘を言っていたのならさっさとその場から去るのが普通だろう。だけどあの男はその場に残り俺のことを詮索しようとしてきた。これは情報に絶対の自信があり、自身に落ち度がないと思えるからこそのものだろう。

 

 今後ともああいった連中と付き合っていくことになるし、何よりあの金の中には俺の、というよりも何かあった時に童亭に来るようにと書いた紙を忍ばせてある。

 あれ程のキャリアがある男なら、ビターバレーの一件と童亭への呼び出しを関連付けて考えるくらいのことはしてくれるだろう。


「さてさて……」


 手にした資料を連続で捲り、インプットしていく。ランバージャックの蔵書もこうして頭の中に一旦保存し、あとからそれをしっかりと知識として吸収した。今回も外部に漏らしたくない情報なのでこの冊子を取り出すのはこれで最後だ。それにカリラはそれを読む必要はない。俺が知っていれば、俺が確実にカリラを扱えればそれで問題はないんだからな。


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