第170話 敬語の人が怒ると怖い

 当面はあの三人に任せて俺は準備と自分の鈍った部分を戻すことに専念しないといけない。そう考えればあのトーナメントもかなり有意義なものになったと考えられる。

 不撓不屈や無冠、ラフロイグレベルとの戦いはそう易々と経験できるものではない。


「ん?噂をすればってやつだな」


 俺の視線の先には、何故かラフロイグがおり、彼の視線は脇道の奥に向けられている。


「ラフロイグじゃねえか。どうしたんだ?」


「あぁ、同志か……いやなに、ただ少し幼女の助けを求める声が聞こえたような気がしてな」


「精神病院は向こうだぜ?」


 こんな戦いばっかの世界だからこそカウンセラーなんてのは結構な高給取りだったりする。まあ、“現場で戦うやつ”よりも圧倒的に“傷ついて戦いたくなくなった戦士を送り返すやつ”の方が精神を病む確率が高いってのは皮肉な話だけどな。

 それだけ罪悪感も罪の意識も持ってるってことはいい事なんだろうけどね。


「そうだな。ひょっとすると俺は受診が必要かもしれない……このあふれ出す激情に侵された、恋の病を抑えに……な」


 ……な、じゃねえよカス。テメェイクトグラムよりも重症じゃねえか。あいつはまだ見境はあったんだぞ。無いようなもんだったけど!


「おっと、すまない。今はお前の相手をしてやっている場合ではなかったんだった」


「おう。そのまま憲兵に捕まって一生ムショ暮らしして来い」


「ふっ、童女の心を盗んだ罪は計り知れぬ……という事か」


 なんで一々溜めるんだようざってえな!ってかそれカッコイイつもりか?確かに顔はイケメンだけど!


 こんなバカの相手してても時間を無駄にするどころか無駄を無駄にしてるようなもんだから俺もさっさとこの場を離れちまおう。

 気分転換に久しぶりの遺跡荒しにでも行こうかね。遺跡の調査依頼があれば丁度いいんだがな。

 そんなことを考えながら変質者と別れて、俺はギルドに向かっていった。

 俺のことを大好きな受付嬢が俺の為に新しくしたネイルを見せてきている。綺麗なネイルだな。上げられた中指もすらりと細長く舐め回したくなる。


「ひぃっ!?」


 おっと、俺の子を想像妊娠でもしちまって、つわりが来たのかな?

 顔を青くした受付嬢が口元に手を当て、そそくさとバックヤードに下がっていった。


 そんなありふれた日常をしり目に、クエストボード的な何かの前にたどり着いた俺は邪魔くさい依頼書を隣に並んでいるイケメンのカバンの外ポケットにねじ込んでいきながら目的の依頼を探した。


 ちなみに補足だが、受けた依頼はキャンセルするのにお金がかかります。何度もやると登録を消されたりします。


 依頼を探し始めて少し経った頃、邪魔な依頼書もイケメンのカバンにねじ込み終わり、彼が受付で怒られ始めたのをBGMに、なかなか面白そうな依頼を発見した。


『エルフの姫の奪還依頼』


 そう書かれた依頼書をひっつかんで受付に行こうとしたんだが、俺の目の前に、10代中盤か後半くらいの少年?っぽいのが立ちはだかった。

 身に着けている装備から見ても、後衛職なのだろうとわかる。ズボンはまるで黒いジャージのような動きやすさを追求した物であり、前線で戦う者が身に着けるそれではない。

 上半身も、異世界人が大量に流れ込んで来るせいで流行ってしまったワイシャツとセーターを着ている。見方によっては女の子に見えないこともないが、残念ながらおっぱいが断崖絶壁だ。


「なんだ貴様」


「いや~その依頼自分も受けようとしたんすよ。だけどお兄さんが先に取っちゃうもんっすから、できれば同行させてくれないかなーって思って立ちはだかってるっす」


「美少女に生まれ変わってから出直してこい。俺はお前みたいなジェンダーレスとか抜かす野郎が大嫌いなんだ。竿も玉もついてるくせに何がジェンダーレスだ。俺がそのせいで何回涙を流したと思ってやがる」


「いやぁ……それはまぁ、ご愁傷様って感じっすけど、自分にはあんまり関係なくないっすか?」


「うるさい。チンコついてるならついてますって張り紙くらいしとけ!それかチンコレスしてから来やがれ!もう俺を騙そうったてそうはいかないんだからな!」


「お兄さん最低なこと言ってるっすよ……」


 キャップの隙間から覗く黒い髪を見て、俺の中に一つの予想が浮かび上がる。

 

「とにかく~自分も同行させてくれないっすか?報酬は全部差し上げるっすから」


「あぁ、そう言う感じね。お前なかなか強かだな」


 こいつはエルフとパイプを持ちたいのだろう。報酬よりもそれに価値を見出しているタイプであり、同行するだけなら戦闘義務はない。

 抜け目ない奴だが、なかなか好感が持てるね。まあ女だったらだけど。


「残念だけど、俺は男2人と女の子1人を取り合いながらどこかに行く気なんかさらさらないんでね」


「ん?3人っすか?」


 目の前の帽子野郎が首をかしげると同時に、ギルドのドアがけたたましい音と共に蹴り開けられ、その奥からは血走った目のカリラたんが降臨された。

 あれかな、寝顔にちょっと興奮したからふざけて練乳垂らしてみたら想像以上にやっべえ物が出来上がっちまったから逃げたのがいけなかったのかな?


「おいテメエ。何回死にてえか言ってみろ」


「0回です……」


 悲報。カリラさん敬語が消し飛ぶくらいブチギレ。


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