第169話 無力感と虚無感
それからボロボロになったカリラを抱えたディーンが帰って来てようやく話が始まった。
カリラは終始不貞腐れたような態度で話しに加わってこなかったが、それ以外の三人には俺からの特別なプレゼントを貸し与え、それで一つの仕事を頼んだ。
また、会長にはもう一つ頼みごとをお願いし、その場は解散となったんだが、ディーンと会長が帰った後に、何故かその場に残った団長が俺に一つの古ぼけた手記を渡してきてくれた。
古い本だからこそ付箋ではなくしおりを挟み、本を傷めないようにしながらも様々な書き込みがそのしおりにはされていた。
「これはかつてのランバージャック国王ミハイル・ランバージャック様のお残しになられた手記で、千器様についての記載がされているものでね、私が持っているよりも……ミハイル王の晩年の友であった千器様、つまりあなたが持っていた方がいいと思ったんだ」
「どうしてそれをお前が持ってるんだ?ミハイルの物なら国が厳重に保管していても不思議じゃないんだが」
「……私の家系については既に知っていると思うが、私の祖先……城壁のイクトグラムがかつて営んでいた童亭、そこに来られたミハイル様が祖先にこれを託したそうだよ」
手渡されたそれを受け取り、ぱらぱらとページをめくっていけば、そこには俺達が冒険した数々の思い出話が書かれていた。時にあいつの内面を吐き出すように、時にあいつの見たものを誰かに伝えるかのように。
そして、それを受け取った俺は……その場で涙を堪えきれず、周囲の目など全く気にしないままに涙を流してしまった。
「てめえよぉ……なんで……なんで自分が殺されるってのによ……こんな、バカみてえなもんを……書いてんだよ……」
俺の手が止められていたのは、王の手記と銘打たれたそれの最後の記述のあるページ。その日付は、俺がいなくなってから2週間後の物であり、暗殺されるほぼ直前と考えてもいい時間の物だった。
『溝さらいの千器へ。貴様や、あのバカ共と過ごした時間は私の中でも決して色褪せぬ大切な思い出だった。無礼で不敬で常識がまるでない連中だったが、それでも、私は貴様たちに感謝している。そして、その誰よりも私は貴様に感謝している。召喚した勇者が貴様で本当に良かった……茶室のことも、貴様には何と礼を言っていいか分からぬ。本当にありがとう。そして、楽しかった。我が最良にして最高の友』
こんな、こんなことを書いている暇があるんだったらよ、もっと自分を守れよな……だからテメエは、大好きな娘に煙たがられるんだっての……ほんっと、バカ野郎だよお前は。
「ミハイル王は……その文章からもあなたとミハイル王が親しく、そして最も近しい間柄だったことが伺えたよ……」
「あぁ、そうだよ……アイツも俺と同じで、何の才能もない奴だったんだけどさ……誰よりも努力家で、必死こいて頭使って、何日も悩んで、たかだか農工具の発注だけでもそこまで考えこんじまうようなバカな奴だったんだ……」
だからこそ、俺はあいつのことを親友だと思えた。最初はいいところに生まれて何も苦労なんかしたことないんだろうなって、だからムカついて敬語だって使わなかった。キャロンがいれば一国の最強程度なら簡単にねじ伏せられたから、あの時の俺は調子に乗ってたんだ。
それでもあいつと話をして、一緒に冒険をしていくうちに、アイツは不服そうだったけど、時々笑い合うようになったり、デザート取り合って喧嘩したり、スープ飲む順番で誰がキルキスの後になるかでもめたりもした。
そう言うことで、俺達と一緒になって馬鹿出来る最高の王だった。王である以前に人間だ。俺が王様なんだからって言うといつもそう言い返してきやがったな。
くっだらねえことで王様権限とか言い出して、俺達の中じゃ通用しねえこともわかってたはずなのにさ。あれはミハイルなりの持ちネタだったなんてのは皆知ってたんだ。
そんな気のいいやつが、俺の“一番の親友”が殺される間際まで俺達との冒険のことを書き記してたなんて聞いちまったらさ、もう俺は……どうしたらいいか分からねえじゃんか……。
「ありがとう……確かに受け取った」
それだけ言って、他に何も話す元気がなくなっちまった俺はギルドを後にし、しばらく街の喧騒の中に身をゆだねた。
騒がしい商人どもの呼び込みが妙に心地よく感じる。
ミハイル……テメエの守った国はこんなに綺麗に大きくなったんだぜ?それに、これからお前の出し損ねた膿も、きっちり出し切ってやるからな。
「とにかく、時間をかけないと今回の事はどうしようもない……はぁ……ままならねえな」
その日、俺はこの世界に改めて召喚されてから初めて記憶がなくなるまで酒を飲んだ。自分でも何を飲んだのか覚えてないし、どれくらい飲んだのか分からない程酒を浴びて、心にぽっかりと空いた穴をその酒で埋めようとしたんだ。
目が覚めた時、激しい頭痛と吐き気を伴う体を起こせば、そこにはカリラがいた。
眉間に皺を寄せながら、ソファーに倒れ込むように眠る彼女に毛布を掛けてやり、支度を済ませてから俺は静かに外に出ていった。
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