第165話 これ以上落ちようがない奴は強い

「初めましてかしら?今代の勇者サマ。私はマッカラン。原初の魔王と呼ばれる元最強で、今はこの人の女よ」


 そう言ってマッカランが俺に視線をちらりと向けてくる。

 話掛けられた脇役はマッカランの容姿に言葉も出ないようで、首だけを何度も上下させていた。


「さて……今回も沢山無理をしたみたいね。それにそれって……」


「あぁー、その話は今はやめてくれ。お前なら治せるだろ?」


「えぇ。可能よ。完璧に完全に、なんの不都合もなく治せるわ……だけど、その対価にあなたは何を私にくれるというのかしら。魔王の力は如何に貴方であろうとそう気安く使える程安くはないのよ」


 そう言って俺を値踏みするように、そして舐め回すように見たマッカラン。


「嘘おっしゃい。どうせこれが欲しいんだろこの卑しんぼサイコパス!」


 そう言って俺が取り出したのは……自分でやってて最悪の気分になるけど、ブレアの液体金属の中から取り出した俺の腕。

 血が滴らないように断面をきつく結び、冷凍しておいたそれをマッカランに差し出せば、途端に妖艶な雰囲気を醸し出していた女が、欲しかったオモチャを買い与えられた子供のような表情に変わった。


「ああぁあっ!さいっこう……大好きよユーリ。大好き大好き……やっぱり私にはあなたしかいないわ」


 切断された俺の腕を大事そうに抱えながら体をくねらせるマッカランに一同ドン引きです。


 え?俺がなんでこんなに俺のことを大好き大好き言って来る相手に襲い掛からないかって?そのうち分かるよ。


「原初の魔王よ、こやつの腕には強力な呪いがかけられておる。それでもお主はこの腕を治せるというのか?時間を戻すことのできる時空の覇者であろうと匙を投げたこやつの腕を」


 やっぱ会長は正体をばらしちゃったんだね。誰にばらしたのかはわからないけど。 

 今の話しを聞いて驚きもしなかった脇役は間違いなく知ってたってことはわかる。


「あなた、私を舐めているのかしら。私は私の領域内ではたった一人の例外以外には絶対に負けないのよ。時間だろうと空間だろうと、歴史だろうと運命だろうと私の領域内にある限りは私の手のひらの上なのよ」


 俺も最初はかなり苦戦したしなぁ。カウンターが通じなかった時は本気で焦ったけど、弱点をその時に見つけられたから何とか勝ち星を拾えたんだよね。あ、当然鎖骨以外のね。


「まあだけど、彼の場合は特別。彼だけは私の支配に屈してくれないのだから……彼の腕を蜥蜴の尻尾のように生やすことも、木のようににょきにょきと伸ばすこともできないのだけれど、それでも私には彼を治す方法があるの」


 マッカランの支配は俺に効かない。古代種の呪いが関係してると思うんだけど、未だにその原理は解明できてないんだよね。

 まあ、俺を直接支配することは出来なくても、空間も時間も支配できるわけだから十分脅威だったんだけど。


 マッカランは徐にさらに俺に近寄ると、自分の左腕を右手で握りしめた。


「そこの勇者サマ?少しだけグロテスクな絵面になるから苦手なら目を塞いでいなさい。それとカリラ。あなたも」


「私は大丈夫でやがります」


 カリラはそのまま見るみたいで、脇役は指の間からチラチラ見てやがる。なんだあいつ昔のハーレムアニメ主人公かよ。


「んっ……」


 そんな声と共に、マッカランは自身の腕を豪快にむしり取った。もはやぽたぽたとかではなく、血液の塊がその場に落下し、独特の音を立てながらも、マッカランは顔色一つ変えることなく、腕を蘇生させ、むしり取った腕の断面の肉を更にそぎ落とした。

 

 完成したものは断面が抉られ、骨が飛び出しているマッカランの腕。それを彼女は持ちながら俺の肩に手を置いた。


「痛いわよ。それも死ぬ程。加護の無い人間じゃ普通耐えられないくらい」


「痛い事には不本意ながら慣れてるから多分どうにかなるだろ」


「わかったわ。じゃあ……いくわね」


 その声と同時にマッカランが起こした行動によって、カリラは小さな悲鳴を、ババアは苦しそうな声を、脇役はその場で嘔吐してしまった。


「がああっぁぁぁあああッ!!!あああぁああああああ!!!!」


「大丈夫……大丈夫だから……すぐに終わらせてあげるからね……」


 俺の切り落とされた腕をさらにもう一度輪切りにしたあとにマッカランのむしり取った腕の骨が突き刺さり、大量の血が周囲に飛び散っていく。

 痛みに声を上げる俺の頭を撫でたマッカランはそのまま個性を発動し、マッカランが俺に突き立てた腕を、“俺の腕”に変換させていく。

 ブシュブシュと耳障りな音と共に、神経が、感覚が腕に戻ってくることが分かる。それに伴い、腕に残されたマッカランがむしり取った際の痛みまで俺にフィードバックされてくる。


 意識が吹っ飛びそうになるような激痛の果てに、マッカラン流の治療は終わり、俺はその場に力なく倒れ伏してしまった。


「そこの。高位の回復薬を持ってるわね?貸して頂戴」


 ババアにそう声をかけるマッカランは、平時とは異なり、少しだけ早口でそう言った。

 ババアから回復薬を受け取ったマッカランは俺の腕にそれをかけながらも、俺に柔らかな笑みと、暖かい言葉をかけてくれた。


「終わったわよ。よく頑張ったわね。さすが私のユーリ……これで……ハァハァ……私とあなたは……一心同た……あぁんっ!」


 前言撤回。ただの糞サイコだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る