第158話 最悪を担う者
◇ ◇ ◇
もう、何度目だろうか。あの腕に握りつぶされたのは。
もう、何度目だろうか。あの腕に捻りつぶされたのは。
もう、何度目だろうか。あの腕に叩き潰されたのは。
もう何度目だろうか。こう考えるのは。
たった一人で古代種と呼ばれる化け物との戦いをはじめ、そこで私は知った。
魔王を倒し、世界を救った私でさえ、古代種……それも序列が下位の古代種の“腕一本”相手に、何度殺されたのだろう。
背後に浮かび上がる“可逆の砂時計”の砂が落ち切り、再び私の体は蘇る。
「【スキップ】」
迫りくる腕を、私の移動時間を省略することで回避し、懐に飛び込む。
振り上げた剣に全力を籠め、腕に叩きつけ、その際に封印の時間を少しだけ戻す。こういった作業を今の今まで何度も繰り返してきたが、封印の時間は私が来た時からあまり変化していない。
それは封印に近づいているという訳ではなく、どちらかと言えば逆であり、解放に近づいているのだ。
私が死ねば、それだけ時間は進み、可逆の砂時計の砂が落ちきるまで私は蘇ることもできない。さらに、空間の壁は個性によるものなのであの腕には通用しない。
個性を直接ぶつける様な物は全てその意味をなさずに霧散し、蹂躙される。
「死に時を見失ってしまったな」
砂時計を出さずに挑んでいれば、この古代種はとっくのとうに解放され、マキナの都はおろか、その周辺の地図さえも書き換えなくてはならなくなっていたかもしれない。
「彼は、こんなものと戦っていたというのか……」
いや違う。正確には私を1つの腕であしらい続ける化け物の本体と、だろう。
震える体は一層震えを増し、怯える心は一層怯えていく。一度死ぬたびに、死の感覚、死の痛みが私に蓄積されていき、それらは時間を戻した程度ではどうにもできない。
記憶とはそういう物なのだ。殺されれば殺されるほどに、私は殺されるまでのスパンが短くなっている。
記憶が、経験が、本能が、この戦いの邪魔をして、死ぬたびにその強さを更に強めているのだ。
いくらやろうが、突破口なんか見えない。特別な力を使ってくるわけではないが、まるで私よりも圧倒的に早い時間軸にいるかのような動きに、一撃で絶命に追い込まれてしまうような攻撃力。
ただ素早く、そしてただ強い。それだけなのに、私は全く歯が立たないのだ。
こんな腕がまだあと76本もあり、そしてそんな化け物でも序列が半分以下。
この場が狭い事も確かに私の戦闘能力を落とす原因だろうが、たとえ広い場所で戦っていたとしても、勝てる気がしない。
「……未来の希望は……私が守らねばならないのだ……」
砂時計が再びひっくり返り、暗闇の中から目を覚ます。冷え切ってしまった手足が、あんな巨大な腕が私の体を貫く感覚がまだ残っている。
そろそろ、本当にだめかもしれない。
彼に面倒を見てやってくれと言われたのだ。その頼みは彼自身が撤回したが、それを認めてやるなんて私は一言も言っていない。
だからこれは、私の意地の戦いだ。気持ちの戦いだ。覚悟の戦いだ。
今はまだ駄目なのだ。神崎も宮本も、坂下もまだ成長段階だ。これからやつらはまだまだ強くなる。三人が私と同じレベルまで強くなれば、古代種さえもどうにかできるかもしれない。
しっかりと戦い方を覚え、経験を積み、修羅場を超え、本当の力を手にすれば……。
「この命程度ならくれてやろう。だが、その代わり、貴様にはもう一度眠ってもらうぞ」
私に希望はないのかもしれない。だが、人類に、人間に希望を残すことができる。泉の神の話が本当なら、これから起こる戦争は世界を巻き込むものだ。そうなった時、彼らが先頭に立ち、戦禍を抑えてくれるかもしれない。
彼の二つ目の故郷を……私と彼の出会った思い出の場所を……守ってくれるかもしれない。
「もしそうなら……もう何も悔いはないッ!」
覚悟を胸に、古代種の腕に飛び込もうとした時だった。
「あだっ!?」
後ろから髪を掴まれ、その場に綺麗に転んでしまった……。
「はいカット~カットカット。そこはさぁ?もうちょっと覚悟を決めたやつの顔をして飛び込まなきゃダメでしょ?そんな未練たらたらな顔してたんじゃお客さんも“は?口だけじゃねえか”ってなっちゃうでしょーが」
どうして……君が………
「それにさぁ、世界を救った勇者様が“この程度の命”なんて言うんじゃありませんよ。そしたら俺の命なんかあれだよ?プラナリアよ?ユーリナリアよ?」
そう話した男は、全身傷だらけで、脇腹なんか穴が開いていて、片方の腕も無くなっているのに、まるで何事もなかったかのように私に気安く声をかけてきた。
「ようやく万事解決、大団円って感じだったのに、お前に死なれちゃ後味悪いんだよ。そんな気持ちじゃ俺のクララだって勃ち上がれねぇんだよ」
何をバカなことを言っているんだ……君の手は……君の手にこびりついてしまっている物は……そのせいで君の腕はもう……元には戻らないのだぞ……それのどこが大団円なんだ……。
私の龍眼が全てを告げてくる。彼の腕に入り込んでいる物が如何に凶悪な物なのかを。
細胞を死滅させる程度ならどうとでもなるが、これはそう言う類のものではない……呪いだ。
強力な呪いのような物が傷口を蝕み、滞留している。このまま腕を治すことなんか、私にだってできやしない。時間は戻せても、既に取りついた呪いをどうこうすることはできないのだ……それなのに、どうして君は笑っていられるんだ……。
「会長、1分でいい。俺に超加速をやってくれ。それで……全部終わらせるから」
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