第157話 その男、夢の為に命を賭す

 切り落とした腕から同期を発動した。もともと俺はあの時腕をくれてやるつもりであの作戦を取ったからな。

 陣の貼り付けなんか出来たらラッキーくらいのもんだ。


「がああぁぁぁああッ!!!!」


 一回殴っただけで地面をのたうち回り、涙と涎をそこら中にぶちまけながら暴れるブレア。


 そりゃそうだろうな。こいつらみたいに加護や寵愛で痛みを大幅に軽減させたり、その痛みに耐える心を強化していない俺が感じる痛みってのは、普段そう言うことに慣れているやつに取っちゃ耐えがたいレベルの痛みだろうし。


 俺はようやく噛み潰した錠剤の効果が表れ始め、全身から痛みが抜けていくのが分かる。だけど、ブレアはそうじゃない。この薬の効果が現れたところで、体が崩壊を始めるだけだ。

 だから、そうなる前に片を付ける。


「ようやくお出ましだな糞野郎が」


 ブレアの体の中から紫色の靄が現れ、それが徐々にブレアの体にまとわりつくように広がっていく。

 

「ナゼ、キガツイタ……」


「統制協会の本部に来た英雄にも同じもんがくっついてたからな。それでブレアにも同じ物がへばりついてると思ったんだよ」


 あの貴族の男の個性、最低最悪のゲスやろうな個性だが、相当に強力だ。

 自分の人格を他人に移植し、体を蝕んでいく。根がいきわたれば、体を支配し自由自在に動かすことができる。


「ダガ、オレヲトリノゾクホウホウハナイ。アキラメロ」


「そうだな。結局統制協会のやつも地下に幽閉されてるだけだし、どうしようもないんだろうな……」


 だからこそ、俺は神剣をそこでようやく抜き放ち、黒い靄のかかるブレアに突きつけた。


「俺が最初っから殺す気なら、あの巨人を一回切りつけるだけでブレアの加護を爆破させて殺せたんだ。あの巨人とブレアが繋がっていることは見ればわかったからな」


 だからこそ、俺は時間のかかる陣術で腕を切断したわけだが。


「だけど、お前が表層化してるってんなら、テメエの加護だけ爆破させるのなんざ訳がねえんだ」


 何か言い返してくる前に、俺はそれが本当のことだと証明して見せてやった。黒い靄は爆散し、それに伴って連れ出された貴族の男の体もきっと外で爆散しているだろう。


 まさか寄生させた人格が自我を保ち、ブレアの聞いた話さえも記憶しているとは思わなかった。あの男はこれで間違いなく死んだが、人格は別だ。もうブレアの中に根付いちまってるこの人格だけを殺すことは神剣にも出来ない。


「お前はもう何も失わなくてもいいんだ。だから、これからは沢山色んなもんを貰っていけ。丁度良くお前の周りには時間を持て余してやがるやつらがたくさんいるんだからよ」


 ブレア・アソール。元人間。人間の要素がなくなる程に改造を繰り返され、人格を弄られ、故郷を自らの手で焼くように命じられた少女……か。

 あのおっさんも知ってたんならさっさと話してくれればいいのによ。そしたら修行の合間にボロボロのまま調べなくて済んだのに。


 ブレアを抱きかかえ、ハッチのドアを蹴り開ければ、そこからはコチラを見ている仲間達の表情が見えた。


「よっこらセック―――」


 すこん……と。コルクボードにナイフでも突き立てたような軽快な音が俺の頭のすぐ横から聞こえてきやがった。

 視線を向ければ、呆れた顔のカリラが腕を組んでため息を吐き出してやがる。


「ねえ、ようやく戦いを終えたご主人様にこの仕打ちはひどいと思うの」


「女抱きかかえてとんでもねえ下ネタぶちかまそうとしやがった奴が何言ってやがんですか」


「いやさ?トーナメント辺りからさ、俺結構シリアスだったじゃん?だからそろそろ気分転換したいなってさ……」


「と言うか少し前から気になってやがったんですがどうしてテメエは頭にナイフぶっ刺さってんのに死なねえんですか……」

 

「ん?そんなもん俺の顔がイケメン過ぎてナイフが傷つけるのを躊躇ってんだよ」


 まあ本当は俺の頭蓋骨なんざとっくの昔に取り換えられてるからなんだけどな。それに今はしっかり外してくれてる辺り優しさ感じるわ。

 

「まあとりあえず……ただいま。ちょっと無茶しちまった」


 神崎も、団長も、ラフロイグも、クイーンも、片腕を失っている俺とブレアを見て同じような顔をしている。

 

「ブレアの治療頼むわ……ってか会長がいないの珍しいな。あの女なら絶対に俺のことストーカーしてくると思ったんだが」


 そこまで話して、神崎が俺の元までやってきた。

 俺の腕の切断面をりらりと見やった神崎は小さな悲鳴を上げつつも、それから腕を見ないように俺に視線を合わせてきた。


「会長なら……この巨人が封印されてた場所に残ったんだ……なんでか分からないけど」


 その言葉で……繋がった。


「―――おいババア、今すぐ俺の所に来い」


 急がねえと時間がねえ。こんなことならカリラではなくババアを呼んでおけばよかったかもしれない。


 首のバーコードに触れながらそうつぶやけば、ババアから即座に返事が来た。

 ババアは万が一に備えて街の方に向かっていたようなので後数秒でこちらに到着するだろう。


「どうしたのじゃ。貴様がそこまで慌てるなど……」


「遺跡だ」


「ぬ?」


「一番近い遺跡まで俺のことを連れてけ。“最悪”が出てくるかもしれねえ」


 最悪、その言葉でババアは意味を理解してくれたのか、焦った表情を一瞬見せるも、説明を求めてくる周囲を一睨みし、傷だらけの俺を抱え飛び上がった。


「最悪が出るとは……その状態の貴様が出て行ってどうにかなる物でもないじゃろうに」


「じゃあ俺以外に行けってか?あいつらは代わりがいない大事な勇者だろうが」


「儂は……貴様の方が大切じゃ……」


「贔屓はやめろよ。神崎のあれ、お前も感じ取っただろ?あれが成長すれば相当なもんになる。そうなりゃいつか本当に世界を救ってくれる存在にだってなるだろうよ」


 ババアはそれ以降そのことについては触れることはなかった。

 しかし、再び口を開いたババアは収納袋から取り出したかなりお値段の張りそうな回復薬を俺に押し付けるようにして渡してきた。


「気休めくらいにはなるじゃろ」


「サンキュ。実は薬の効果を消しちまってたんだ」


「それだけ震えておればすぐに分かる」


「……バレちゃったかな」


「どうじゃろうな。まあお主の奴隷には間違いなくバレておるじゃろうよ。あの女はああ見えて貴様をよく見ておる」


「まあ、隙あらば殺しに来るからね……俺の隙を狙ってんだよきっと」


「あいも変わらずそのふざけた言動……どうにかならぬものかの……」


「はは……お前は知ってんでしょーが。俺がこれを辞めたらどうなるか」


「……死ぬでないぞ、我が親友」


「俺まで年寄り扱いされそうだから親友は勘弁願いたいね。まあでも、死ねねえよ……だってさ、これで全部が無事に終わればさ……」


「ぬ?何かあるのか?」


「……ブレアに童貞貰ってもらえると思うんだよね。死ぬ程カッコつけてきたし」


「またバカなことを言いおって…………ここで構わぬか?」


「あぁ。できれば近くで待機してて欲しいんだけど、やばくなったら速攻で逃げろよ?下手に巻き込まれたら邪魔だし」


 少しだけ長い空の旅を終え、ババアが地面に俺を下ろしてくれた。

 背中に生えていた翼はいつの間にかなくなり、ババアさえも地面に足を下ろしている。


「儂はここにおる。貴様が帰るのを待っておる。じゃから必ず帰って参れ。儂をもう一人にするでない」


「確かに少しほっといたら孤独死しそうだもんなお前」


 最後の挨拶にしちゃ、ちょっとばかし淡泊だったかね。まあでも、俺みたいな脇役の死に際なんてのは存外そんなもんなのかもしれねえな。

 最悪はこんな重傷でどうにかできる程甘くないし、俺は最悪をそこまで見くびってはいない。何もかもかけてようやく超えられるのが最悪だ。

 だから、足りないベットはどこからか引っ張ってこなくちゃならねえ。それが俺の未来程度で済むんならまあ……悪くねえかもな。


「おっさんになると自己犠牲が大好きになっていけねえや」


 これからやり合うやつは、生き残ること以外を考えれば俺の安い命なんざ瞬く間に吹き消してくれるような親切な連中だし。

 どっかの馬鹿がめちゃくちゃにしたトラップがそこら中に転がってるのを無視しながら、残されたトラップを解除し、最速で最下層に繋がる階段を降り始めた。





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