第156話 超一流の底辺

 迫りくるブレアの攻撃を、生体魔具で取り寄せた盾で何とか受けるも、踏ん張る足や、態勢を維持する体幹なんかは一般人の俺の力であり、助走までつけた英雄クラスの攻撃を止めることなんかできるはずもなく、再びぶっ飛ばされ、壁に叩きつけられた。


「ガハッ!」


 口から血が噴き出し、後頭部がチリチリと焼ける様な感覚に襲われながらも即座に立ち上がり、追撃を転がることで何とか回避した。

 

「爆炎陣ッ!水粘土ッ!」


 咄嗟に地面を爆破し、その衝撃で自分の体を更に後方に飛ばしながら、もう一つの陣を発動する。

 水粘土の陣は周囲の水をまるで接着剤のようにする陣であり、発動された近くに存在する水とは、俺の吐き出した血液だ。

 これも俺の認識が大きく関わるものであり、体内にある水を水と認識できないため人に直接使うことができない代物だ。


「―――っ!?」


 足がいきなり地面に接着され一瞬驚いたブレアだったが、地面を軽々と踏み抜く英雄がその程度で完全に動きを止めるはずもなく、即座に足を地面から引き抜き、再び背中のブースターを使って俺に追いすがってきた。


「警告。やはりあなたでは相手になりません。早く逃げてください」


 そう言いながらも、俺に拳を振るってくるブレア。それを潜るようにして回避し、彼女にまとわりつく液体金属に腕を突っ込んだ。

 こいつに陣を直接貼り付けしてやるぜ。


「落胆。あなたは死にます」


 一瞬にして硬質化した金属が俺の腕をがっちりと固定し、逃がさないようにしてくる。そしてそのままブレアは手と同化している剣を振り下ろしてきた。


「―――驚愕。まさか……“腕を捨てる”とは」


「はぁ……はぁ……いってえな……ちくしょう」


 痛いどころの騒ぎじゃないんだけど、それでも今隙を見せれば即座に殺される事なんかわかりきってる。

 痛みで視界まで歪み始め、全身がピリピリと麻痺し、熱を持っていくのが分かる。今のは本当に危なかった……即座に腕を切り離してなかったらスクラップにされるところだったぜ……

 

「驚嘆。あなたの判断力とその速さは今まで出会った中でも圧倒的と言わざるを得ない」


「おほめに預かり光栄だ馬鹿野郎……生憎こちとらテメエらみてえなバケモンじゃねえんだ……少しでも気抜くと起きたら天国でしたなんてのは御免被りたいんでな」


 取り出した糸で切断した腕を止血し、口に咥えたナイフでその糸を強引に切断する。そしてすぐに収納袋の中にぶち込んで置いた錠剤を口の中に投げ入れた。


「茫然。その錠剤はドラドパラノイアの触覚をすりつぶし、固めたものですね。そんな物を一気に摂取すれば体が崩壊してもおかしくはありません」


「うっせ。こうでもしねえと痛くて泣いちまいそうなんだよ」


 錠剤を全て噛み潰し嚥下した俺は再びブレアの周囲を走り回り、時折ナイフや投擲武器なんかを投げつけながらこの状況を打開する方法を探していく。


「説得。現状ではあなたの勝ち目は1%も存在していません。今後どのようなことをしようともこの状況を覆すのは不可能です」


 そう冷淡な声で語り掛けてくるブレアだが、その体は意思とは裏腹に、俺にさらに苛烈な攻撃を仕掛けてくる。

 空中に滞空する砲台からばらまかれる弾丸や、あの液体金属が刃のようになって飛来し、俺の体を更にずたずたにしていった。

 

「推奨。今すぐ逃げ出してください。私はあなたを殺したくはない」


 周囲に血をまき散らし、その場に倒れ込む俺を見下すようにそう言ってきたブレア。

 ぼやける視界が、彼女の悲痛に歪む顔を捉え、冷淡な声の中に押しとどめられた罪悪感にも似た何かが途端に俺にあふれ出してきたように感じる。


「……はは……んだよ……そんな事、考えられないように調整されてる……とか言ってたのによ……ちゃんと悲しい顔できんじゃ……ねえか……」


「否定。これは体の主導権を争っている際に生まれたバグのような物です。私にそう言ったプログラムは存在しません」


 止めとばかりに振り下ろされた刃を転がることで何とか回避できたが、地面にたたきつけられた刃の衝撃で俺の体がさらにごろごろと転がってしまう。


「驚愕。どうして……あなたは……まだ立ち上がるのですか……」


 どうして立つのか……か。


「俺も……勇者になりてえんだよ……なってみたかったんだよ……なんの力も持っちゃいねえが……それでも……神崎みてえな……カッコイイ勇者って奴によ……」


 60年以上生きて、今更そんなことを考えているなんて完全に頭のおかしい野郎だろうがな、それでも俺は、こっちで生きていくからにはそうなってみてえんだよ。

 前回どうしてもできなかったその目標を叶えてみてえんだよ。


「それとだ……テメエは勘違いしてるみてえだけどよ……どんだけ金属の塊で固めようが……どんだけ設定に囚われていようが……」


 そうだ。こいつは最初から……


「……機械だろうが、武器だろうが……」


 バスの中で運転席に興味を持った。戦いの中で何度も俺に忠告をした。体の自由を奪われてもそれに抗おうとした。

 そして今も、涙を流しながら苦しそうな顔をしている。


「―――心は持てるんだぜ?」


 この世界で、俺が唯一好きなところ。

 この魔法が、科学が、最強が溢れる世界で、俺が思う最高の奇跡魔法


「お前、魔法の世界舐めすぎ」


 剣に意思があったり、空間に人格が存在したり、木々が話しをしたり、機械に“心”があったり。こんな現象は現代科学の潮流を受ける俺達では到底理解できない現象だ。だからこそ、“奇跡魔法”なんだ。


 ようやく準備の整った俺は、ずっと用意を進めていた“それ”を解放した。

 途端に、ブレアの腹部からあふれ出す光。


 その光の正体は俺の個性だ。


 その光が輝きを更に強めると同時に、奇怪な物を見ているような視線を向けていたブレアが突如、痛みに顔を歪め、聞いたこともない様な大絶叫を上げた。


「ぎゃああぁぁぁっぁああああッ!!!い、いたいっいたいいたいっ!!!!!」


「……俺の個性で、一番使い勝手の悪い技でな……“管理者権限”を持つ相手にしか使えねえし、長い事対象の体に触れてないと使えねえし超ハードな条件をクリアしねえと発動できねぇんだが……一回“同期”されればもう―――誰も俺には勝てねえよ」


 同期。俺の個性の中で必殺技になりうる技だ。効果は単純明快。相手の個性を使用不可能にし、加護、寵愛、肉体の状態をそのまま俺と同じにする。こうなってしまえばカリラを倒した“なにか”もこいつの個性の有無も関係ない。


「さぁて……糞泥臭い底辺の殴り合いと行こうじゃねえか」

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