第149話 人罪、人材、人財
◇ ◇ ◇
「皆は街の人の避難を!俺はあの巨人を抑える!」
統制協会に連絡を入れてもう30分になる。なぜか会長が戻ってくる気配はないし、今この場で動けるのは俺だけだ。
そう思って巨人に向かおうとすれば、俺の目の前に、加護も寵愛も全く持たない一人の男が舞い降りた。
「よう勇者。お前は下がってろ」
そう言った男は、俺の前をぶらぶらと、まるで買い物にでも行くかのような気安さで歩き始めた。
即座に彼の肩を掴み、怒鳴る様にして声を荒げてしまった。
「どうしてここに……いや、そんなことはどうでも良い!大塚ッ!お前こそ早く逃げろ!こんなところにいると死ぬぞ!」
その男、たった一人王都を出ていった勇者である大塚は、俺に驚いた表情を向けてきた。
「会長か………」
何かわけの分からないことを呟きながら考えこみ始めた大塚。
申し訳ないけど、こいつを死なせるわけにはいかない。俺みたいに先頭に立つ人間は、会長や友綱、坂下が変わってくれるだろうが、こいつの代わりは思い浮かばない。だからこそ、俺はこいつをこんなところで死なせるわけにはいかない!
「下がれ大塚!じゃないと、力づくでも下がってもらうぞ」
「………だいぶいい面構えになったね。何かしら経験をしたやつの顔だよ」
俺の話しを聞く気がない大塚に、俺は剣を抜き放ち、その腹で彼に殴りかかった。
さすがにこれで死ぬことはないと思うけど、意識を失ってくれるくらいの事はあるだろう。
「ごめんッ!」
「―――ッぶねぇええ!!!マジかよ………ギリギリ下だってか!?」
「ちっ!だけど………今お前に死なれたら困るんだよ!」
そう言って再び剣を彼に振り下ろすが、彼も剣を出し、それを防がれてしまった。
だけど、分かる。今の俺は完全にこいつよりも強い。
動きが細部までしっかりと見えるし、速度も俺の方が遥かに上だ!!!
「はああああッ!」
「ガハッ!?」
渾身の振り下ろしを何とか防いだみたいだけど、俺だって訓練を毎日欠かさずやってるんだ。格闘技だってそれなりにできる様になってる自信がある。
膝をついた大塚の顔にケリをいれ、そのまま倒れ込んだ大塚に、もう一撃拳を見舞う。
それで大塚は動かなくなってくれた。………大丈夫だ、呼吸もしっかりしてるし、ちゃんと意識だけ奪えたみたいだ。
「大塚、ごめん。だけどお前だけは、きっと皆に必要不可欠な存在なんだ………一度間違いを犯してしまった俺なんかと違って」
聞こえていないと思うけど、倒れ伏す彼のことを建物の陰に隠し、そのまま俺は街の外れの方に向かって走っていく。ここから見えるだけでも相当な大きさの鈍色の巨人。並みの建物など遥かに超える大きさであり、マキナの都にある塔のような建造物よりもさらに大きい。
あんな巨大な存在をどうにかできるのか?俺一人で戦うことが本当に可能なのか……そもそも、あれだけ巨大な存在と人間が戦うことができるのだろうか。
様々な不安が脳内を巡るが、その思考はどれも行きつく先は一つだ。
俺を守り、死んだあの強い騎士。そして、たった一人使命に従い命を落としてしまった勇敢な魔族。その二人の遠すぎる後ろ姿が、まるで瞼に焼き付いているかのように蘇る。
「………はは、負けてられないな、俺も」
震えだした足にさらに喝を入れ、臆病風に吹かれそうになる心を鼓舞して、一踏みで俺のことなんか簡単に殺せてしまうような化け物の前にようやくたどり着いた。
間近で見た巨人の体は金属で構築されており、目を凝らせば至る所に……恐らくそこが開いて何かしらの武装を出すことが可能なハッチのような物が見える。
さらに視線を上げていけば、胸の上部辺りに数名の人が乗っていることが分かる。なんとなくだけどあそこにマリポーサさんとリアリーゼさん、そして見妃パーティーがいるのだろうと思う。
全体的なフォルムは、おおよそのゴーレムとあまり変わらないと感じるが、その大きさが何せ規格外だからこそ、一層の脅威に感じてしまう。
「はぁぁぁあッ!!」
剣に魔力と加護を纏わせ、全力で鈍色の巨人の足を切りつけるが、うっすらと傷をつけることに成功しただけであり、ほとんどダメ―ジを与えられたように感じない。
そればかりか、今の攻撃で鈍色の巨人が俺のことを認識してしまったのか、それとも操縦しているやつがそうさせたのか分からないが、やつは確かに俺の方に顔を向けた。
途端に背筋が震えあがるが、それでも俺は負けるわけにはいかないんだ。
大きく飛び上がり、胸部にあるスペースの前に飛び出せば、中が今までよりもはっきりと見えてくる。
間違いない、ここを破壊すれば皆を助け出せる。そう思い、今度は個性も発動させた一撃を鈍色の巨人に向けて放つ。
俺の個性である勇者、その個性の効果は多種多様であり、その他の個性とは一線を画している自信がある。まあ、その自信が俺をあれ程までに増長させたんだけど。
「シャインセイバァァァアッ!!!」
眩い光を放つ剣を胸部に叩きつける様に振るえば、帰ってきたのはその場を破壊した手応えでもなく、手がマヒしてしまうような強い痺れにも似た痛みだった。
あの至近距離からの俺の技をガードしたのか……?
これだけの巨体で、これだけの重量で?
そんな動きが本当に可能なのか……
俺がそんなことを考えているなんて全く気にした様子無く、両手をクロスさせて俺の攻撃を防いだ鈍色の巨人は、その巨大な腕で俺の体をまるで虫でも払うかのように撃ち落した。
「―――がはッ!?」
殴られた瞬間に、体の正面と背中に同時に痛みを感じてしまう程の速度で地面に叩きつけられ、口からは鮮血が宙を舞った。
これほどの体格であの俊敏な動きも脅威だが、それよりも、この強大過ぎる攻撃力が最も危険だ……こんなものが街に到着したら……
「加護様様だ……ね」
剣を杖に、立ち上がれば、俺を見下しているかのようにその巨人は俺の前に立ち、ゆっくりとした動作で足を上げた。
「まだ……戦えるんでね」
加護を全身に纏わせ、身体機能を更に強化しつつ、魔力での強化も並行して行う。今までの訓練では成功したことがなかったが、まさかこの土壇場で成功するとは……
「コレなら、まだやれる!」
心なしか傷の痛みが引いて来ている気がする。これが勇者の回復力なのか。
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