第148話 遠過ギル背中

◇ ◇ ◇ 


 行ったか………。

 私はその場にただ一人残り、崩壊を始めた迷宮に歩みを進めていく。

 あの鈍色の巨人を今の彼らがどうにかできるとは思えないが、それでも統制協会が来てくれさえすればどうとでもなる。

 しかし、アレと共に封印された存在は、そうではない。

 

「行くしか………ないのだな」


 この世界は、彼と、幼いころの私の思い出が詰まっている私の宝箱のような世界だ。今一度その宝箱を壊そうというのなら、私は命を賭してそれを阻もう。


「神崎、宮本、坂下、強くなれ、強くなって、世界を表から支えてやってくれ」


 裏では、彼が支えてくれるはずだ。


 崩壊した迷宮の時間を巻き戻し、私は元通りになった階段を下っていく。この調子で封印も、中のやつが出てくる前に復元出来ればいいのだがな。

 最悪は本当に私は封印されているそれと共に消えることになるだろう。

 魔王との戦いに恐れることなく挑めたのは、その魔王よりも遥かに強大で、凶悪な存在に対峙したことがあったからだ。

 全く歯が立たなかった。そもそも、“あれ”を相手に何かをすることなど、誰にもできない、そう思えてならない相手だった。しかし、その者の首には彼の“紋章”が刻み込まれていた。彼の趣味なのか、それともそう言う仕様なのかは分からないが、その凶悪な存在の首には確かにバーコードが刻み込まれていた。

 だからこそ、私は既に“彼女”が彼の武器になっていることを悟ることができた。私よりも遥かに弱い彼が、私がどう足掻いても勝てない存在を武器にしている。それはつまり、彼女自身が彼の武器になることを承諾した証だ。

 そのことが、私に勇気を与えてくれたのは言うまでもない。

 彼のように、ただそれを考えながら私は魔王と戦った。戦ったというよりも、既にその時から私の瞳は魔王を映していなかったのだろう。  

 遥か彼方、どこまでも続く道の最奥に佇むたった一人の最弱。彼の踏みしめた足跡は、当時の私にも、そして今の私にも歩むことができないような、暗闇にポツンと浮かんでいるかのような不安定で不確かな足跡。

 同じところに足を着いたからと言って、同じ道を進むことさえもできないような険しさを超えた道なき道。この道を走り続けて、最後の最後にようやく彼の背中を見ることができる。そう思えてならなかったのだ。

 だから、私は魔王程度では心を震わせたりはしない。彼の戦ってきた怪物と比べてしまえば、魔王など人類の脅威程度の力しかもっていないのだから。


「ようやく、私も彼と同じ場所に………」


 そのことが、これから戦うことになるかもしれない超常の存在に対する恐怖を飲み込み、私の心を埋め尽くしていく。

 あぁ、君に追いつけただなんて傲慢な事は言えないが、君のいる遥か彼方に続くであろう道にようやく踏み込むことが出来るのだな。


「待っていろ古代種。私は貴様を踏み台に、彼の元まで這い上がるぞッ!」


 蜘蛛の巣が張られている遺跡の中をどんどん進んで行けば、即座にトラップが私に襲い掛かってきた。

 床のパネルを踏んでしまえば、左右の壁から矢と呼ぶには些か大きすぎる、もはや槍と呼んでもおかしくない物が隙間なく射出された。


「邪魔だッ!」


 空間を固定することで、その空間は疑似的な壁の役割を果たし、壁から射出された槍はその壁にぶつかると同時に甲高い音を立て地面に転がった。


 早く、こんなところで足を止めてしまっては間に合わなくなる………幸いにも本丸の封印の後に幾重にも施された封印がまだ生きているからこそ、件の古代種は目を覚ましていない様だが、それもいつまで持つかわからない。

 私の時空操作では、行った事のある場所にしか飛べないからこそ、彼のクランに所属していた妖精女王の技が少しだけ羨ましくなるな。


「ようやく………ついたかっ!」


 封印の間は想像以上に広く、周囲には破壊された転移陣のような物も見受けられた。現代では再現不可能な古代の魔法陣………それを破壊するなど物の価値の分からないバカ者のすることだろうと思うが、今はそんなことに構っている暇はない。


 封印は24の小さな石碑から成る陣の中心にあり、まるでそこから先は違った世界があるかのように、どす黒い暗闇が広がっていた。

 そして、そこから赤い皮膚に、エナメル質のような光沢を放つ鱗が所々に生えた腕が一本だけコチラに出てきてしまっていた。


 この腕の特徴から察するに、この古代種は77の腕を持つ化け物……序列56位と、序列こそそこまで高くない物の、その凶悪な性質からこう呼ばれていたはずだ……怪腕の番人ヘカティケイオスと。


 即座にその腕に斬りかかり、どうにか封印の中に押しこめようと画策するが、古代種と呼ばれる存在はそもそも私達とは異なる理に存在する生物であり、私の時空操作をもってしても、直接的な干渉を行うことができない。

 だからこそ、私は切りつけ、時間を稼ぎながら、封印自体の時間を戻していく。

 剣を叩きつけた感触は、まるで非力だった頃、石壁に剣を打ち付けた時のような強烈な反動と衝撃を持って私の腕にダメージさえ与えてくる。 

 念のために剣を持って来ておいて本当に良かった。素手で殴っていればどうなっていたかわからない。


「腕一本で、これほどまでとはな……」





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