第135話 遠回りしなければ見えないものもある

 いや俺だってね?こんな公衆の面前で触手プレイとかさすがにどうかなって思ったんだよ?だけどさ、アイツ気配出さないし狡いんだもん。そりゃ手段を選ぶ余裕なんざ無くなりますわ。

 それにあの触手に触られると、ちょーっとあれなんだよね。その、なんて言ったらいいのかなー、えっと、スゴクコウフンスル。


「なっなんだこれはっ!?やめっ……やめろぉぉおおっ!!!」


 うそっ!?せっかく用意したエロ回なのに触手モンスターさん速攻で退場かよっ!?


「貴様ふざけているのか!」


「ふざけてません。真面目です。いやほんとに」


 だって君が触手ちゃんに驚いた瞬間の“意識の切り替わり”はさすがに気配がなくてもわかるからね。その間に仕掛けをさせてもらったのよ。


「もういい……貴様はここで斬る」


 そう言って鞘に刀を収めた無冠は、その場で腰を落とし、居合の構えを取った。


「あんたってさ、少し前のラノベ主人公っぽいよね。メイン武器が刀とか、刀でなんでも切るとかさ」


「推して参るっ!」


 瞬間移動さながらの動きで、一瞬にして俺の懐に飛び込んできた無冠。本当に英雄でも勇者でもないのにこの動きは異常だよ。


「ごぼっ!?」


 俺の懐に飛び込んだ瞬間、俺のお腹からコメディ感溢れるロケットパンチが発射され、彼女の腹を捉えた。昔のラノベ主人公ってさ、やたらと相手の懐に飛び込むの好きだよね。俺の一週目の時もそう言うやつ結構いたんだよ。


「だから、それは対策済みだ」


 腹部を殴られ、腰がガクッと落ちた無冠に対し、俺は剣を振り上げる。

 しかし、寸でのところで体制を立て直した彼女が刀に手をかけ、それを引きぬ―――


「なんだとっ!?」


「居合ってさ、刀使うやつ皆やるよね。だから使わせてもらいました。強力瞬間接着剤、その名も『この手はもう離さない……二度と……君三号』!」


 驚愕に顔をゆがめる無冠の頭に俺は改めて全力で剣を振り下ろした。さすがに殺すのはまずいので、腹だけど。


「まだだッ!掌嵐っ!!」

 

 掌に目視可能な程の風を纏わせ、打ち出された掌底が俺の振り下ろした剣をはるか後方に突き飛ばし、俺の体とほぼ密着した体勢ながら、警鐘がぶっ壊れるレベルの大音量で鳴り響く。

 マズいのが来る。そう直感した時、無冠の足が踏み込んでもいないのに地面を強かに打ち付けたのが分かった。


「寸勁」


 打ち出された拳に、かろうじて俺は手を添え、それの軌道をずらすことに成功した。

 払ったチップは、左の肩から先と、左半身の感覚器官。

 得られたのは、俺の命。

 今の攻撃はそれだけやばい物だった。添えただけの腕がぐちゃぐちゃにひしゃげ、喰らった肩は粉砕され、俺の体の中に打ち込まれた彼女の魔力が体内で暴走した挙句、左半身の内臓の機能がマヒしつつある。それは当然心臓も例外ではない。

 俺に残された時間は極僅かだ。この心臓が完全に止まる前に、俺はこいつに勝たないといけない。


「なんて危険な賭けを……」


 それと同時に、無冠に前蹴りをいれ、ひしゃげた腕から血を飛ばす。無冠の仮面の隙間から血が目に入り、彼女は一瞬だが動きを止めた。


「あんたの魔力、確かにもらったぜ」


 打ち込まれた魔力を、そのまま陣に変換し、弾倉に込める。

 そして、血を浴びてたたらを踏んだ彼女に目掛け、俺は引き金を引いた。


「あんた最高にやりにくかったよ……【燃え移る氷河の弾丸】」


 キルキス印の弾丸。彼女の異能が込められたこの弾丸は、いわば俺の秘密兵器だ。倉庫を取り戻してから毎日魔力を集め、そしていま彼女から打ち込まれた魔力もつぎ込んでようやく一発だけ打てるようになった切り札。

 それを彼女に向けて俺は打ち出した。


 着弾と同時に、揺蕩う氷が彼女の全身を蝕み、凍結させていく。その氷は彼女だけではなく、地面にも“燃え移り”その範囲を瞬く間に巨大化させていった。


 会場の殆どのスペースが氷に燃やされたところで、俺は術式を解除し、氷河の中から解放された彼女に、できるだけハンサムに上着を掛けてやった。


「俺の血でベチャベチャだけど我慢してね。それと、めちゃくちゃ努力したみたいだけど、俺の最悪には“本当に少しだけ”届かなかったね」


 過去の時代には存在しなかった俺の天敵となりうる存在。今後はこういったやつも出てくる可能性を加味して装備を新調したりしないとまずいな。

 それもこれも、一張羅が手に入れば問題はなくなるんだけど……ない物ねだりは良くないからな。


「にしても……やべえ……」


 審判のコールを聞いた直後、俺の心臓は止まり、その場に倒れ、速攻で意識を失ってしまった。

 人間相手でこれほどまでに追い詰められたのはいつ以来だろうか。今回も本当に運が良かった。彼女がもし魔力を打ち込んで内部破壊をしてくれなければ、俺は負けていたかもしれない。一応代替え案もあったんだけど、神剣を使うのはさすがに憚られるしな、ってことでできれば温存しておきたかった。大会で死者を出すわけにもいかないし。


 まあ、心臓が止まった俺が何言ってんだって話なんですけどね!


 





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