第136話 上には上がいて下には下がいる
◇ ◇ ◇
バカ主人がぶっ倒れやがった。それも、左半身が吹き飛んじまいそうになるような攻撃を受けて……なのに、あの男は攻撃を受けた直後は表情一つ変えねぇまま動いてやがりました。意味が分からねぇです。腕を飛ばされ慣れてる私でさえ、動揺や痛みに顔を歪めたりしちまうってのに……
それにしてもあの無冠って野郎は一体何者なんですか……加護も寵愛も人並みしかねえくせに、どうして英雄に並ぶような身体能力を持ってやがるってんですか。
まあ、でも結局はバカ主人が勝っちまいやがったんでもう関係ねえ話です。私は私の目的の為にこの大会で優勝して金を稼がねえといけねえんです。
体を動かしながら、次の対戦を見守ってましたが、まああのバカ主人の予想通りの結界になってやがりますね。
そろそろ、私の番になっちまいますか……もうちょっと体を動かしておきたかったんですが、まあどうにでもなんでしょ。
「44番の入場だぁぁぁあ!!!」
なんかの魔道具を使って声をデカくしてる男の声が聞こえてきやがったので会場に入れば、周囲からは頭が痛くなっちまうような歓声が響き渡ってきやがりました。
初めてです……蔑む様な視線ではなく、貶める様な言葉ではなく、弄ぶような感情でもない視線と歓声は。
表情は変えずとも、私の中にブワッと熱い何かが吹き上がって来ちまったのがわかります。これは……これも初めての感覚……思わず口角が上がっちまうのを堪えきれねえです。
対戦相手のラフロイグとかいうやつは既に会場におり、静かにストレッチをしてやがりましたが、私のことを視界にれやがると、途端に興味がなくなったように視線を切りやがりました。
私なんぞ眼中にねえってことですか。まあいいです。そもそも私もテメエなんざ眼中にねえんですから。
「では……はじめっ!」
審判の開始の合図に伴い、私は私自身の時間を加速させ、さらに投擲したナイフにも加速の効果を与える。
ナイフをどう避けようとも、その瞬間に攻撃を叩き込んでやります。
———そう思ってました。
「影槍」
呟かれた言葉と、そいつの陰から這い出した黒い槍。それが轟音を纏い、私の投げてやったナイフを打ち砕き、進路を変えることなく私に突っ込んできやがりました。
ですが、さすがにこの程度の攻撃は簡単に避けられる。だからこそ、あの男もそれが狙いだってんです。
体を半身にすることで槍を回避し、追撃に来た男を迎え撃つべく、新たに作り出したナイフを構え、腰を落とした直後、背後の陰から嫌な気配を感じ取り、その場から転がる様にして回避行動を取っちまいました。
転がる最中に見えたのは、私の陰から飛び出した先ほどの黒い槍。それが私のいた場所を正確に通り抜け、そしてあの男の手中に収まりやがりました。
「―――チッ!【加速】」
二回目の加速。僅かに頭に痺れみてえなもんが奔りやがりますが、それでもかまわねえです。この敵は一度の加速じゃ手に負えねえレベルの敵でやがります。
接近からナイフを投擲。それと同時に蹴り……と見せかけて、やつの服に触ろうと手を伸ばしました。
触れさえすれば、時間を限りなく遅延させることができる。そうなれば、もう決まったも同じだってんです。
「早いな……だが、早いだけだ」
伸ばした手を掴まれ、そのまま地面に叩きつけられ、視界に私の口から飛び出したと思われる血のシャワーが写り込んできやがりました。
「―――がはっ!?」
まだ私には自分以外の生物の時間は操作できねえ……もしかしてそのことがバレちまったてんですか……
「まだまだ経験不足だな」
冷酷な表情の男が槍を振り下ろしてくるのが見えちまいます……やべえです……どんな力してやがるんですか……。
そう思った時、なんでか分からねえんですが、思い出したくもねえ顔が馬鹿みてぇにニヤッと笑い、その思い出したくもねえ奴が最後にやった技とも呼べねえ行為が脳裏に過りやがりました。
迫りくる槍に手を添え、それを僅かに逸らす。それによって私の腹部に軌道を変えた槍が、時間の停止した服にぶつかり、金属音を立てやがりました。
「―――っ!?」
無言ながら驚く男に即座に近寄り、側頭部にケリを叩きつけますが、ぎりぎりの所でガードされちまい、クリーンヒットにゃなりませんでした。
そこから即座に腹部の時間が停止していない部分から服をむしり取り、投げ捨て、時間停止を解除すれば、私の服が落ちた地面がバカみたいな威力で潰されたように沈み込みやがりました。
「驚いたな。先ほどの一撃で決めるつもりだったのだが」
「驚くのは……これからだってんですよ!」
荒れる息を強引に整え、深く吐き出す。それと同時に今できる最高の加速を全身に施し、男に向け駆け出す。
途端に周囲の世界から色が抜け落ち、世界にたった一人になっちまったかのような感覚に陥っちまいますが、大丈夫……今の私にゃこんなもんなにも怖くねぇです。
「勝つのは私だってんですよ」
全力の突き。ろくに武器を使えねえ私にできることなんざこんなことしかねえですから、ほぼ停止した時間の中で、拳がぶち壊れても拳を叩き込み続ける。
仮にも英雄の拳です。生半可な鈍器で殴られる数倍の威力がありやがります。
拳が裂け、拳を戻す時に私の顔に自分の血がかかりやがりましたが、それでも……こいつを倒したって確信できるまで拳は止めねえです!
時間停止を解除すれば、今までの衝撃が一気にあいつに襲い掛かる。腕があがら無くなるまで殴り続け、ようやくそこで時間を元に戻して見りゃ、ラフロイグって野郎は勢いよくぶっ飛んで壁の染みになりやがった……なんてことはなく、ただその場に立ち、こちらを見据えていた。
「タイタンアーマー。まさかこれを使わされるとは思わなかった」
ふざ……ふざけるんじゃねえですよ……何なんですか……その“加護の量”は……
立っていることさえできなくなるような膨大な加護が上空から私の体を押しつぶし、ゆっくりと膝をつかされる。
「その両手…………お前は一体何のために戦っているんだ」
こっちを見下すみてえに言いやがったラフロイグ。何のために?そんなの、一つしかねえですよ。
「金で……す………金が必要……だってんです」
「金か。金の為に貴様は両の腕が上がらなくなるまで俺に拳をぶつけたのか。時間の止まった世界で」
いつ、バレたんですかね………私の個性が時間操作系の個性だって。
「貴様の目的はよく理解した。早く腕を回復させろ。俺は正々堂々と戦わなくてはならないんだ。俺を応援してくれる者の為にも」
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