第133話 何をもって慢心とするか
「あんた英雄だろ?あれで負けてくれないってことは恐らく加減できないから」
彼女が手を蘇生させるよりも早く、俺は手繰り寄せた糸を切断する。その糸は予選の時に会場に仕掛けた射出機すべてに連動しており、合計32の射出機から一斉に礫が放たれる。それと同時に俺は一つの陣の解凍を始めた。
はたから見れば複雑怪奇なこの陣が現す効果は雷。そして、いま彼女の腕と足に突き刺さるナイフが、これに反応する。
面倒な仕掛けではあるが、それでも一度決まればかなり有効な技である。
もうお決まりとなったサンダートラスト。それを彼女がまき散らした魔力を使って発動する。
「どんな加護だろうと、体内を焼かれるのは痛いだろ」
「ぐぎぃいいいっ!?」
地面に転がり、電気の通り道を作ろうとする彼女だけど、それも当然予測済みだ。
「そこは“穴”だ」
俺が先ほどから射出している礫はそこから繰り抜いたものだ。当然そこはどうなっているか………人間の膝まですっぽりと入ってしまう程の穴がある。
そこで、不撓不屈は気が付いたみたいだね……明らかに繰り抜かれた地面が少ないことに。
何故なら、その中はカルブロ鉱石が収められている。そこに電気を纏ったまま転がり込むなんざ自殺行為だ。
「はい詰み」
上空から繰り抜いて余っていた地面を彼女の上に落とす。地面と言っても砂のような形ではなく、岩石のように硬い巨大な石だ。
それを回避するために彼女は全身の力を抜き、穴の中に倒れ込むのを見て、つい口角が上がってしまった。
そういう事だよ。もともとギリギリ倒れれば回避できるようにしてたんだ。
「逃げ場のない雷と爆発にどこまで耐えられるかな」
利き腕を内側から焼かれ、それだけではなく、流れ出した電気が地面に吸収され、再び電気を吐き出す。上に逃げようとしても、腕を突くことさえできない隙間に体をねじ込んでるから、如何に英雄の筋力をもってしても、そこから抜け出すことはできない。
「審判、早いこと止めないとあいつ死ぬぞ」
俺にはわかる。既に彼女は意識を手放しかけている。それに“覚醒”の様子も見られない。起死回生は既に不可能だ。
「しょ、勝者427番!」
「解除っと。はいじゃあお疲れ様」
あぁーあ、計算外だな。まさかあそこまで面倒な個性だったとは。それに罠を使わされたのも計算外だった。そして何より、カウンターを打たされたのが最高に計算外だ。
これも鈍りからくる弊害かと思いつつ、次の試合に備えて俺は罵声の飛び交う会場を後にした。
剣王祭なんだから剣で戦え?正々堂々?バカか。俺はそんなに強くないんだよ。あいつみたいに、信念を持って戦って生き残れるなんて甘い考えなんざとっくの昔に捨てて来ちまったよ。
持ちたい信念も、持っていた誇りも何もかも生き残るために投げ捨ててきたんだよ。そうしないと俺のような無能な男は生き残ることも出来なかったからな。
だから、あの女のような生き方は素直に羨ましいし、憧れる。だけど、それだけで負けてやるほど俺の50年は軽くない。
「経験の差だったな」
あそこで足に一発投げたのは本当に何となく、昔の勘がそうさせたからだ。それに素直に従ったからこそ拾えた勝ち星だ。
もやもやする心を必死に押し殺し、俺は控室に戻った。
そうすると、他の参加者が俺のことを見て、頻りに舌打ちをしたり、あからさまに足を掛けてきたりと、それはもう地味な嫌がらせをされてしまった。
確かに、俺のような卑怯な奴が勝ちあがるよりも、若くて力もあるあの不撓不屈のような選手が勝ち上がればいいと俺も思うよ。だけど、俺にだって事情があるんだ。そこだけは譲れない。
「てめえ、カウンタ-使わされちまったんですね」
修行の時にカリラには散々カウンターを見せているので、さすがにバレてしまっている。まあ、出だしと行動は見られていない自信があるのでそこは大丈夫だろうけど、カウンターを使ったことはばれたのは少しだけ悔しい。
「カリラたんは最終戦だっけか?頑張ってね」
「テメエに心配されるまでもねえですよ」
これも修行の成果なのか分からないが、カリラが俺に話しかけてくるときは決まって俺のことを心配している時だってのが分かった。カリラはなんだかんだ言いつつも俺のことを修行中も気遣ってくれてたしな。
俺は少し、頭を冷やしに行かないとまずい。あの女にあそこまでやる必要はなかった。それなのに、もうサンダートラストの時点で勝負は殆どついていたのに、あそこまで追い詰めてしまった。それは俺が慢心しているからに他ならない。少しでも自分を強く見せようとする欲が出てきているんだ。
だから、それを徹底的に消し去る。俺は弱者でいい。弱者のままじゃないと本当に大事な時に誰にも勝てなくなってしまう。だから道化でいいのだ。だからバカのままがいいのだ。強者になろうとするな。弱者のままで強者に対抗する術を身に着けたのに、弱者じゃなくなったら今までの50年が全て台無しになる。
「だめだなマジで……心まで戻っちまってるのかよ」
面倒だな。本当に。
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