第132話 信念を持てない者もいる

 組み合わせは俺とカリラが決勝でぶつかるというお決まりの感じだったんだけど……さすがにこれは予想してなかったね。

 俺の一回戦の相手が【不撓不屈】で、順当に進めば二回戦が【無冠】、三回戦があの冒険者、決勝がカリラたんだ。

 だけど、本当に申し訳ないんだけど、カリラと決勝で当たることはないだろうと考えている。その理由が、百錬自得とあの陰に潜ってたやつ、名前をラフロイグという男の勝者が、カリラの初戦の相手だからだ。

 カリラたんはなぜかシードに選ばれてるんだけど、どうやら本人は少し納得できないみたいだね。


そんなこんなで、初戦、つまり俺と不撓不屈の戦いがそろそろ始まる訳なんだけど、不撓不屈さんは明らかに冒険者も経験してやがる。

 俺が見せた卑怯な技に対しても警戒してるし、それ以外に何が起こってもいいように警戒してるように見える。

 こんな加護も寵愛も感じられない糞雑魚ナメクジ相手にそこまで警戒する奴は久しぶりだよ。


 不撓不屈はまさかの女で、銀に少し水色を指した様な色の髪を大きな三つ編みにした、顔に傷のある女。要所要所をしっかりと相当高位の魔法金属で固め、体を覆い隠してしまうような大盾を背中に背負う姿から、並大抵の攻撃では彼女の防御を突破できないことが分かる。


「私の相手はあなたでしたか。できることならあなたとは戦いたくはなかったのですが、仕方の無い事でしょう」


 俺の加護を見てそんなことを言って来るくせに、しっかりと警戒してくれてる。

 それなりどころではない経験を積んできてると見える。なんでこのレベルのやつが統制協会の正規メンバーになっていないか不思議なレベルだ。


「まあ俺強いし戦いたくないよね」


「……もういいでしょう。早く始めましょう」


 どうやら俺の会話に応じてくれる気はないみたいだな。お前から話しかけてきたのに。


「はじめっ!」


 俺と不撓不屈の女が視線を向ければ、すぐさま試合は始まった。

 彼女は俺の様子を見ながらゆっくりと詰め寄って来ている感じだね。だけど、俺相手に時間を与えることがどういうことかしっかりと教えてあげないとだめなみたいだな。


「行くぜ?」


 剣を抜き、その場から駆け出す。俺の一挙手一投足を何も見逃さないように集中している彼女は、俺の突進も想定してたのか、驚くような仕草は全く見せず、俺を迎え撃つ体制を整えた。


「―――は?」


 俺が剣を振り上げたのを見て、振り下ろされる剣に盾をぶつけて押し返すつもりだったのか、間抜けな声が漏れる。

 俺が剣を振り抜いたのが、彼女の真上であることを悟り、即座にそちらに視線を向けた彼女だけど、ちょっと遅かったね。


「下、だよ」


 かっこいい感じでそう言えば、驚いた様に彼女がその場から飛びのく。

 それと同時に、彼女の後頭部に繰り抜いた石畳の破片がぶつかり、その場でバランスを崩した。わざわざ攻撃の方向を教えるほど俺は優しくないのよ。


「俺が切ったのはその仕掛けの糸だよ」


 時速300キロを優に超える速さで射出された岩が後頭部に直撃し、岩が粉末になってしまうような威力。さすがの英雄様でも生身で受ければかなりキツイようで、その場に膝をついてしまった。


「戦いの最中に相手の言葉を信じちゃあいけないね」


 次いで、目の前の糸を切断すると、今度は全く別方向から同じ速度で瓦礫が飛来する。何とか意識をとりとめた彼女がそれを盾で防ぐが……


「がはっ!?」


「何も石は一つだけしか飛ばさないなんてことはないのよ」


 同時に2つの糸を断ち切り、2か所から、糸の長さによって調整されたラグを持って飛来する岩石に脇腹を捉えられ、彼女の鎧が大きくゆがむ。

 だけど後頭部程のダメージは期待できないね。鎧の上からだったし。


「き、貴様に……騎士道精神はないのか……」


「は?何言ってんの?俺騎士じゃなくて冒険者、あんだーすたーん?」


「痴れ者がッ!」


 そう息巻いて突っ込んでくる不撓不屈の剣に、俺の剣をぶつけると、バカみたいな力で押し込まれ、早々にピンチに陥る。 

 英雄と力比べとかマジで無理ですわ。


「これが……これこそが正道を歩む者の剣だっ!」


「……邪道がだめだなんて、一体だれが決めたよ」


「な、なんだとっ!?」


 不利な体勢に持っていかれたはずの俺の剣が、彼女の剣をぐいぐいと押し返すさまに驚愕の表情を浮かべ、彼女はついに両手で剣を押し込み始めた。

 ほんっとに真っすぐな子なんだね。俺も昔はそう言う生き方に憧れたもんだ。


「な、なぜっ!?」


 両手で精一杯踏ん張って押し込む彼女に対し、俺は“片腕一本”でその剣を止めている。

 

「邪道がだめだなんて独善的な解釈こそ、俺は正道じゃねえと思うがね」


 別に俺の隠された力が解放されたとか、そう言うことじゃない。ようやく効き始めたのだ。俺が試合前から散布してたカルドレアスコーピオンの毒が。

 要するに、めっちゃ力弱い。マジ女の子って感じで可愛い。俺の子を産まないか?


「どんなに蔑まれても、どんなに罵られても、為さなきゃならねえことがある。俺はそのために戦ってんだ。綺麗に戦って綺麗に勝てればいいなんて考えのテメエと、同じにすんな」


 前蹴りで彼女の体勢を崩し、剣を滑らせるようにして鍔迫り合いを終わらせ、プレートの付けられていない腹部を刃で撫で付ける。

 それだけじゃなく、カリラたん印のナイフを4本投擲すれば、彼女の剣を持つ手の甲、肘関節の内側、二頭筋、そして左足にナイフが突き刺さる。

 

「終いだ」


 そうカッコよく決めて会場を後にしようと思ったけど、何故か審判が終了の合図を言わない。不思議に思って背後を振り返れば、俺の全身が地面と盾の間でスクラップにされる光景が見えてきた。


 咄嗟に足元を爆破し、爆発と俺の体の間に、位置固定をしていない結界を展開。その爆風に乗ってその場から大きく飛びのくことに成功した。


 直後、俺のいたはずの地面が大きく陥没し、その中心には毒に蝕まれ、体が動かないはずの不撓不屈がいるのが見えた。


「私は……倒れる訳にはいかないのだ」


 不撓不屈、まさしくその2つ名に恥じない戦いだ。あの時保険で足にナイフを投げていなかったら、そのナイフで微かに機動力をそいでいなければ、今の一撃で俺は戦闘不能になっていたかも知れない。


「はぁ、どうしてこう強い奴ってのは誰かの為とか、知らねえ他人の為に頑張れるんだろうな。不思議でしょうがねえよ」


「貴様には一生分かるまい。人々の平和で安全な生活の為に、その生涯を捧げる者達がいることなど……貴様のような下郎には一生な!!!」


 めんどくさいな、こいつの個性。

 恐らくリベンジ系の個性か。傷も毒も治癒されてやがる。それに心なしか加護も強くなってる。逆境に至れば至るほど強くなるとか少年漫画じゃないんだからさ、本当に勘弁してくれよ。


「これが正義の剣だ!これが正道を歩む者たちの研鑽が生み出した至高の一撃だっ!!!」


 一瞬で俺の前に現れた彼女が振り上げた剣には、膨大な量の加護が犇き、空間を湾曲させている。そして加護の激流が一点に定まった時、彼女はそれを振り下ろした。あまりに洗練されたその動きは、たかだか数十万回剣を振った程度では到底成しえない美しさのような物を孕んでおり、真っすぐと俺に迫ってくる。


 だからこそ、その剣は俺には届かない。真っ直ぐ過ぎる。人を欺くことをしなさ過ぎる。本当にこういうやつと戦うと自分がどれだけひねくれた存在か再認識しちまっていけねえや。


「俺は……」


「なん………で……」


 空中に舞う自身の両手を見て、ついには泣き出してしまいそうな声を上げた不撓不屈。

 

「お前みたいな奴は正直………大好きなタイプだ」


 正義に愚直に進んで行くこの女のように、揺るがない信念を持ち、目的に向かって突き進んでいく。決して俺と相容れぬ存在であるがゆえに、俺はそれに強く憧れるし、応援だってしたくなっちまう。だけど、それは“今”じゃない。申し訳ないけど、タイミングが悪かったよ。


「そんな……卑怯なことなど……しなくても、お前は……っ!」


「無理だよ。俺にはお前の接近を目視することもできないし、俺に直接被害がない光景は見えないから」


 

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