第129話 酒は飲んでも飲まれる程の酒のプールはほとんど見ない

 そう言ってカリラの目は倒れて動かない男たちの中に隠れる冒険者の男に向けられていた。

 カリラは最初から気が付いて、他の連中を相手にしていたのか。

 ところどころの動作でそうじゃないかなーとは思ってたけど、位置までしっかり特定できてるのは予想外だな。

 油断なくゆっくりと出てきた男に対し、カリラは指の間にナイフを挟み、警戒を強める。

 何それカッコイイ。俺もやってみたいわ。


「———そこまでっ!会場に残っている“三名”は予選突破です!」


 係員、まあ英雄なんだけど、彼の声でカリラと、冒険者の男が驚いた様子で周囲を見回す。

 そこじゃないのよ。あいつがいるのは“カリラの陰の中”だからね。


 にしてもなぁ、なんだろうかこの戦力格差は。普通に第一線級の連中が紛れ込んでるじゃん。あんなもん対策無ければどうしようもないレベルだぞ。

 如何に二流に到達したあの冒険者の男でも、さすがに第一線で戦う英雄には勝てないだろうし、それにあいつは……それなりの死線を超えて来てやがる。

 ローズが負けたあのボスと比べても、影の中にいるやつは圧倒的に強いだろうね。一流だし。


 若干悔しそうな顔で戻っていったカリラと、ただでさえ化け物のカリラだけではなく、それに気が付かれることもなかった影の中にいたやつ。あんなのと戦うなんざ一般的な感覚で言えば無謀でしかねえしな。


 それから予選会第二回戦が始まる前に、カリラが俺の元にやってきた。

 既に髪の毛は黒に戻り、翼も隠してるようだ。


「お疲れ。本選出場おめでとう」


「———チッ嫌みにしか聞こえねえですよ」


 そう言って俺の隣に座り、俺のエールを奪い取ったカリラはそれを一気に煽り、そして……


「ブーっ!?」


 吐き出しました。


「ばかやろう!もったいねえだろ!」


「て、てめえ何試合前に酒なんか飲んでやがんですか!?バカなんじゃねえですか!?」


「いやいや。適度な酒はいいんですよ?」


 完全に呆れられた俺をよそに、カリラが噴き出した酒を後頭部に浴びたおじさんが怒りの形相でこちらを振り返り、カリラが青い顔で口元をぬぐう姿を見て、まんざらでもないような顔で頬に滴る酒の粒を親指で拭い、なめとった。

 それを見たカリラはさらに顔を青くして、珍しく俺の服の裾を掴んできた。

 ナニコレ役得?


「二回戦が始まったみたいだけど、まあここは誰が勝つか簡単に予想できちゃうからつまらないね」


 俺が見ているのは会場ではなく、出場者のオッズが書き出された電子掲示板のような物。それがコロッセオの上空に浮かんでいるのだ。

 そして、そこに記されるある男のオッズは……1.00003倍。

 前回大会で優勝を収めた【百錬自得】の二つ名を持つ男だ。

 その男のプレートに書かれている番号は121番。そして、俺の手元にある紙に書かれているのは……198番。要するに、俺の予想では前回大会の優勝者は、あの女みたいな男に負ける。

 190はあろうかという体躯に、すらりとした手足、そして何より、中性的でおぼろげな横顔のイケメン野郎に。


「———まあそうだろうね」


 試合開始僅か2分。それで、イケメン野郎と百錬自得、そして中年くらいの武闘家以外は全員地面に転がされた。

 そこから瞬き一回分以下の時間で、武闘家と百錬自得が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

 同時に係員の静止の声と、その場に残っていた三名の本選出場が言い渡された。アレも相当な使い手なんだろうけど、俺の勘では一回戦のアイツほどではないかな。

 第三回戦はまあ、簡単に言えば泥仕合だった。

 一回戦に出てきたあの二流冒険者に少し劣るレベルの男が何名か混ざっていたが、バーバリアン種の女に軽々と蹴散らされ、徒党を組んで戦っていた。

 二流軍団の中の一人が気絶して、ようやく試合が終わったけど、まああのレベルなら警戒しなくてもそこまで問題はない。あのバーバリアン種の女はそうじゃないって思うかもだけど、あの練度の集団相手にこれだけの時間がかかってるなら、所詮はその程度だ。

 俺なんか5秒あれば簡単に勝敗が決するぜ?もちろん俺の負けで。


「俺は最後の組になるのかな?」


 会場内に流れるアナウンスは、301番から400番までの選手は会場に降りろとの指示であり、俺の番号はあんまり言いたくはないけど427番というもう神様の声駄々洩れな番号だ。

 各組合せ3人ずつ本選いきが決定してることから、15名の選出であり、その中の誰かはシードになると考えていた。

 まあいいや。とりあえずカリラが噴き出した酒をお替りしないとな。


「すんませーん、エール一つと……カリラもなんか飲むか?」


「酒以外なら何でも構わねえです」


「じゃあなんかジュースも下さい!」


「900ゴールドになります」


 とまあこんな感じで酒を追加し、ついでに飯も買い、俺達は四回戦の観戦を楽しんだ。その間にカリラに一つ頼みごとをして、俺は飲み終えたエールのコップをゴミ箱に捨て、控室に移動した。

 これから俺を含め、合計58名しかいない第5回戦が始まる。俺の参加表明からだいぶ人が減ったみたいね。

 まぁだけど、少しくらいは準備も必要だろう。


 そう言うことで、俺は今回の戦いに向けて最も有効だと思える準備を始めた。

 周囲の連中は皆新調した装備や、こういった舞台用にあつらえた煌びやかな装備なのに比べ、俺の装備はひどくくたびれたように見えるし、綺麗さの欠片もない。

 一回戦でいたあの冒険者の男と比べても、俺の装備は貧弱なものに見えるだろう。

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