第128話 やれば出来る子の大半はやることが出来ない子

 戦いが始まった。

 それまでの緊張感がはち切れたかのように動き出す選手たち。しかし、その中で、一際目立つ動きを見せる男がいた。

 その男はくたびれたように見える皮鎧に、おそらくドラゴンの鱗の手甲を付けた男。背負われた巨大な大剣は相当な技物であり、魔物の素材を如何なく使われたものであると想像できる。

 要するに、アイツは“冒険者”なんだ。他の連中と違い、たった一人魔物と戦うために装備を整え、魔物との戦いに特化した装備を持っている。

 取り回しの良い剣を抜き放ったあたり戦闘経験も豊富にあるようだ。

 片腕は自由にさせ、もう片方の腕に剣。腰を落としてはいるが、他の連中のように格闘技のそれとは全く異なる立ち姿が、“どこから来るかわからない魔物との戦い”を想定したものだと考えられる。


「予想外だな、あんな奴がいるなんて」


 ついつい声が漏れてしまう。

 英雄ではないし、勇者でもないが、それでもこういった連中はたまにいるんだ。自身の力量を見極め、戦いの場を選び、そして勝ち取ってきたような奴が。


 これはカリラにとっていい経験になるはずだ。俺とは全く異なる、正当な冒険者のあり方を体現したような男との戦闘経験、それは訓練の数百倍の経験値を与えるだろう。

 英雄や勇者の成長速度は異常なものがある。やつらは凡人が数か月の訓練で得る経験を、たった一度の実戦で得る。だからこそ、俺はローズに“実戦”を経験しろと言ったんだ。


 男の動きはまるで森の中に隠れる狩人の様でありながら、それでいて、獲物を狙う肉食獣の様でもある。

 一切の油断なく敵を見定め、人ごみに紛れる様にしてターゲットを狩っている。気配の消し方、動きの正確さ、そして攻撃の鋭さ。どれを取ってもこいつは“二流”の冒険者だ。

 経験を積んだ二流に、今のカリラがどういった動きを見せるのか楽しみだ。


 そう思ってカリラに視線を向ければ……無双していた。


「―――ふぁっ!?」


 たった一回の蹴りで、目の前にいた男と、その背後の数名が同時にぶっ飛び、延長線上にいた男たちを巻き込んで壁に叩きつける。

 それだけではなく、振り下ろされた剣を回避し、それに触れることでナイフに変え、周囲にそれをばらまく。誰一人彼女に近寄ることも出来ず、ただ圧倒的な彼女を見つめるだけで近寄ろうとしない。


 ま、まあまさか俺もこんなところで“擬態”を解くとは思っていなかったしなぁ……。

 流れるような美しい銀の髪が流れ、血を固めたような瞳がその中から覗く。その姿はまさしく“魔族”そのものであり、その象徴とされる黒い翼まで現れている。


 彼女のそれまでの黒髪が嘘のような眩い銀髪が会場内で軌跡を描くように動き回り、周囲にいた男たちを次々と吹き飛ばしていく。

 どうやら個性もバンバン使っていくスタイルなんですね。


 それじゃあ会場にいる普通の連中じゃ太刀打ちできないな。英雄でもないし、勇者でもないし、加護だって一般的な物しかないような連中じゃあね。

 まあ腕試しに来たような連中が殆どだからそれも仕方ないのかもしれないし。


 だけど、さっき見つけた男はさすがとしか言いようがなく、倒れ伏した奴らの中に身を隠し、カリラのガス欠を待っているようだ。

 それとは別に、カリラの動きを予測して距離を保っている男もいるな。


 そいつも雑魚をカリラに任せて、自分は温存していようって魂胆らしい。どうしてこうまで戦い慣れたやつがいるんだろうね。

 それに、そいつ英雄だし。


 カリラの大立ち回りが終わり、若干息の切れたカリラの前に、先程の英雄が姿を現した。

 こいつは先ほどの男と違い、冒険者的な戦い方ではなく、生粋の武人タイプだ。人間の壊し方を熟知して、そのための技術を収めてるタイプのやつだな。


「———シッ!」


 カリラが加速をそのままに投げつけたナイフが英雄の顔に迫るが、男は落ち着いた動作でそのナイフを避けると、大げさな動きで足を踏み鳴らしながら前進していく。

 あれだけの踏み込みを連続してってことは……一発で決める気じゃね?


 そう思ったのもつかの間、今までの足を大きく上げた踏み込みではなく、滑るような動作でカリラの懐に飛び込んだ男が、曲げられた膝を伸ばす力、そして地面をしっかりと捉え、掌底をカリラの腹部に叩き込んだ。


 ブワッとカリラの両足が浮かび上がるが、男は浮かび上がったカリラに向け、さらに大げさと感じられる踏み込みを行う。

 最初の踏み込みは間違いなくブラフだったが、今回はそうではない。会場の石畳を踏み砕きながら繰り出された一撃は、まるで空間を絡めとるような轟音を上げながらカリラの腹部、先程掌底が突き刺さった場所にそれがねじ込まれる。


「———ぐっ!?」


 痛みに歪む声を上げ、その場に膝をついた“男”。どうやらカリラたんは俺の知らない間に相当個性を使いこなせるようになったみたいだね。


 平然と地面に足を落としたカリラが手に持っているのは、一枚のハンカチであり、それを拳が裂けて血を吹き出している男にナイフ事投げつける。


「カウンターショット」


 その直後、男の体が“二回”大きく吹き飛ばされ、壁にその体をめり込ませた。

 時間経過を限りなく遅くすることでハンカチを盾に、そしてそれを解除することでハンカチの受けた衝撃が全て男に帰されたんだろう。


「ふん」


 倒れた男に歩み寄り、渋い顔のまま細切れになったハンカチの破片を拾ったカリラがそれをポケットに収めた。


「次はテメエです」


 

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