第125話 借りた物はすぐに返そう
ババアの言ったことに驚きを隠せないけど、俺が卑怯なことをしまくって勝ったことを即座に理解したカリラから冷たい視線が襲い掛かってくる。
それと同時に、脇に控えてくれていたはずのブレアが、壁際に立っているクイーンに何やら話しかけている。
あの糞じじい俺のブレアたんを寝取る気じゃあねえだろうな。今のユーリさんはちょいと神経質だぜ?
「うむ。参加者は増えぬだろうが、これで相当観客は集まるじゃろ。では次の……」
そんなこんなで話は終わり、俺の存在は瞬く間にコイキ中に広まってしまった。
まあ、コイキは外の街や国と完全に隔絶してるからここで俺の生存が確認されても殆ど問題ないし、あまり気にするのはやめておこう。
それに何より、統制協会にはもともと俺の素性をばらす……と言うかババアがいるから俺の存在は上層部では既に周知だろうし。
会議が終わり、俺達はババアの家に招かれ、些か早い夕食を取った。何百年たっても料理の腕がかけらも変わらねえ残念なババアから調理器具を奪い取り、俺が料理を振舞ってやったわけだが、どうにもブレアたんが俺の料理を気に入ってくれたみたいでオジサン嬉しい。
これであの名もなきモブ野郎にブレアたんを取られる心配はなくなった。胃袋を掴む、昔の人は言ってたんだからな!
「千器よ、そろそろ何故儂らを呼び寄せる様な真似をしたのか、話してくれぬか?」
食器を片付け終わった後、リビングに残った俺とカリラに向け、ババアがそう言って来る。
ブレアはあいつと二人で武器関係の整備をしているそうで、今この場にはいない。
「あぁ、そうだな。カリラ、今から俺のする話は絶対に他言無用で頼むよ」
「言われるまでもねえですよ」
気安くそう言うカリラだけど、本当に今からする話の内容を聞いてもそう言えるのか些か不安だ。
最悪はマッカランに頼むとするかね。あいつは100%何があっても俺のことを裏切らないし。
何も話していないけど、俺の雰囲気が変わったことに素早く気が付いたババア。さすがに付き合いが長いからね。俺がこんな風になるレベルのことが起こっているってわかってくれたみたいで嬉しいよ。
「ランバージャックの腐敗は知ってるな?」
「当然じゃ。ミハイルが死んでからあの国は少しづつ、それこそ周囲の国に気が付かれない程に少しづつおかしくなっておる。中枢が一気にすげ代わり、こうなることは予想はしておったが、あまりにも目に余るようであれば統制協会から書状でも送ろうかと思っておった所じゃ」
「それ、止めて欲しいんだよね」
ぴしゃりと言い切ってやれば、ババアはどこか納得した様子でうなずいた。
しかし、それに納得しない、俺の性格をまだ理解していない人がいるのも事実だ。
「おかしくなってるってのは良くわからねえですが、なんでテメエの一存でそれを看過しようってんですか」
「……まだ駄目なんだよ。勇者召喚の陣もそうだし、俺の封印の陣までも書き換えられるような奴が背後にいるんだ。ランバージャックの異変はそいつに繋がる現状唯一の手掛かりなんだ。俺だってこの世界の故郷が好き勝手遊ばれてるのは気にくわねえけど、それでも今回の事は明らかに“俺”を警戒しているやつが向こうにいる。つまり、こいつは500年前、俺が突然消えることも知っていたやつが起こしている可能性が高いんだよ。だから、申し訳ないけどもう少し様子を見ようと思う」
ミハイルの暗殺は、嫌らしいほどにタイミングが良過ぎた。俺も蔵書庫の本で知った知識だが、ミハイルが死んだのは、俺がいなくなってから2か月後。それこそ、俺のクランがバラバラに動き始め、ランバージャックが手薄になり始めた時期に行われたわけだ。
しかし、第二王女の婚約者が発表されたのは、俺が遠征に出始めたころだから、俺がいるときから、俺がいなくなることを想定してた可能性が大いに考えられる。
このタイミングが偶然、あるいは俺が遠征に出ている時を狙った物ならまだいい。だけど、そうじゃなかった時に帰ってくるツケは想像を遥かに超えるものになる気がしてならない。
そんな危険を、リスクを軽視して生きていける程、俺は強くも無ければ勇敢でもない。
「……大体わかった。じゃが、であればどうしてここまでついてきたのじゃ。あの場でそのことを儂に言うだけでも事足りたのではないか?統制協会との協力関係を優先したとしても、それはここに来る理由にならぬ。如何にこの都市で貴様が嫌われているかは先ほどの反応を見て既に理解しておるじゃろ」
「……千里を見通す龍の巫女ストラス・アイラ、お前に頼みがある」
より一層の重さを持った声に、ババアの眉がピクリと動くのが見えた。
既にカリラは自身がこの話に入ることはできないとわかっているのか、俺の横で静かに事の成り行きを見守っている。
「ランバージャックで今何が起こっているのか、教えてくれ。お前の千里眼だけが頼りなんだ」
ランバージャックの腐敗。それだけじゃねえ。勇者に対するあの扱いや、ウェルシュ王の態度。俺に対するいじめの肯定、奴隷関係。それらを含めた様々な事象が今どうなっているのか、俺はそれをババアに聞きに来た。
誰にも邪魔されない空間で、誰にも聞かれる心配の無い場所で、誰にも止められないために。
「よかろう。もとより、儂は貴様の“武器”の一つじゃ。異世界に迷い込んだ一人の女の為に、上位の理に生きる神と称されることもある獣を討伐せしめた儂だけのヒーローよ、今こそあの時の借りを返そう」
「そんなんじゃねえよ。俺だってできることならあんな化け物とは戦いたくなかったわ。だけど、たまたまそれができるのがその場に俺しかいなくて、奇跡的な確率でそのアクシデントに巻き込まれたからだ。あと命の借りをさっさと返して楽になろうとすんな。こんな程度で返させてたまるか」
そんな俺の話しを聞いているのか、聞いていないのかわからないが、既にババアは千里眼を発動するために集中を始めている。
これでようやくわかる。今回の勇者召喚の目的と、“敵”の真意が。
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