第126話 皆大好き修行パート
「てめえほんとに大丈夫なんですかそんな体で……」
そう言って俺に肩を貸してくれるカリラ。その顔は心配しているというよりも、俺の行動が意味不明過ぎてどうしていいのか分からず、とりあえず声をかけてみた様に見える。
「問題ねえさ。それに、ようやく少しだけ戻ってきたんだ……」
「本当に大した男じゃの。これだけの痛みを自分から受けようというのじゃからのう」
ババアに話を聞いてから既に2週間。剣王祭も既に翌日に控えながら、俺はババアと、そしてババアの紹介してくれた本部にいる中で最高の治癒術師、そしてカリラの四人で訓練を行ったり、色々と調べ物をしていた。
訓練と言っても、ババアは全力で俺を殺しに来て、カリラがそれを個性を使ったりナイフを投擲したりなどで援護する。それを俺が捌くという物だ。
何度腹に穴が開いて、脚がちぎれたか分からないけど、それでもようやく……
「だいぶ戻ってきたな」
回復したばかりの手を閉じたり開いたりしながら、想像と感覚の乖離を確かめる。
以前ほど酷く想像から離れていたわけではないが、それでもやっぱり一般人の俺は数年戦わないだけで相当になまるし、剣速も恐ろしい程に落ちていた。
今の剣速では、本気になったキルキスは当然の事、それなりにやる気になったマッカランも、キャロン達にも、今のチョコチにだって刃を当てられるか分からない。
何せ、意識が切り替わる瞬間に振るい、その空白の時間が終わるまでに振り終わっていなければならないのが俺のカウンターなんだから。
だけど、こんな程度の修行じゃ剣速はたいして上がらない。だからこそ、俺は“空白時間”を今よりも有効に、最大効率で使うための修行を行ったのだ。
常に殺気を浴び続け、それを掻い潜ることで、相手の空白時間をより鮮明に、そして明確に“見る”ための修行。
こんな痛みの伴う修行は二度としたくねえ。そう思ってたのに、これをやらなきゃならねえ程の事態が今起こりつつある。それを、この間ババアに知らされたのだ。
「それにしても腕のいい術者だな。本当に助かるわ」
俺の視線の先にいるのは、白いロングコートに身を包む男。その男は治癒の個性を持ち、修得している魔法も治癒系のものばかりであるというから驚きだ。
あの統制協会がバランス型ではなく特化型の育成を始めたんだからな。
「ほれ、さすがにもう限界であろう。今日はもう休め。明日も控えておるんじゃし」
明日には剣王祭の予選が始まる。だからこそもう少しやっておかないといけないことがあるんだよ。
「また、剣を振るつもりじゃねえでしょうね」
「その通りだよ。大会には間に合わないけど、それでもやらないと生き残れないからな」
別に大会の為の努力なんかしていない。ただ、これは俺が生き残るために必要だからするんだ。
俺のことを驚いた表情で見た治癒術師の男が、それでも俺の体に回復魔法をかけてくれる。
体が軽くなると同時に、俺はタートルヘッツで奪ってきた剣で素振りを始める。
この二週間何度手の皮が摺り向けて、肉がはち切れたか分からないが、それでもこの程度の痛みは“死ぬよりはずっとまし”だ。だからこそ、今日も最後の仕上げに、最高に酷使した精神を奮い立たせ、剣を振るう。
「呆れて物も言えねえですよ」
「貴様にはそう見えるのか?」
「……どういうことだってんですか?」
少し離れたところで二人が呑気に話をしているのが聞こえてきちまう。邪魔だなぁ。集中できない。
素振りに“色覚”は要らない。聴覚も自分の振るう剣の音さえ拾えればそれでいい。背景も要らない。嗅覚も必要ない。
必要なのもの以外は全てシャットダウンしよう。時間感覚も必要ないしな。
肉体が限界を超えれば勝手に寝るだろう。
途端に見えている世界が急に狭くなり、色が抜け落ち、臭いが消える。これでいい。こうしなければ俺は生きていけないんだ。
「気が付かぬのならそれでいい。あやつが歩む道の過酷さを理解できないのは考えれば当然のことじゃ。儂らとて最初は奴と衝突しておった。じゃから、今気が付かんでもよい。“今回”旅の同行者に貴様を選んだのはきっと、そう言う貴様だからこそなのかもしれぬしの」
結局そのまま俺は剣を振り続け、意識を失ってしまったようだ。
感じるのは掌が高熱の金属でも握っているかのような焼けただれてしまいそうになる熱。
これほど油断した姿を晒せるのは、コイキでしかできないことだ。選ばれた人間しか入ることができないこの都市だからこそ、俺はこれだけの修行をすることができる。
まあ、最初は“選ばれなくても入れる”って言う矛盾したやつがいたから入れたんだけど。今はそんな頼れる仲間がいないしな。エヴァンも、身を固めてそう易々と動けなくなっちまってるみたいだし、やっぱここはおじさんが一肌脱がなきゃならねえわけだな。
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