第113話 ムジツヲサケブ
片付けは想像以上に早い段階で切り上げられ、不要な荷物と、いくらかの食料をその場に置き去りにすることとなった。
なんでも、もしかすればニッカさんや、オクトモアが生き延びていたら、その食料を使って命を繋ぐためだという。
回復系の魔法薬を残さなかったのは、相手がもしも生きていて、それを使うだけの知能があった場合、最悪のケースになりうるからだと言っていた。
サバイバルで、死んでしまうようなら、それさえも仕方が無い事だと、苦しそうな顔でトリスさんが語った。
二人は俺達とは違う馬車に乗り込み、俺達は会長の指示で、友綱が御者台に上がっていた。
今俺の前には、腕を組み、顔を俯かせる会長がおり、彼女の醸し出す雰囲気が、どことなく俺に居にくさのような物を与えてくる。
「………神崎」
冷たく、今まで聞いたこともない様な声で、会長が俺の名を呼んだ。声からもわかるし、雰囲気からも察していることだけど、おそらく会長は………気が付いている。
「はい………」
「真実を話せ。隠すことなくだ」
やはり、そうだった。会長は、俺がさっき“意図的に伏せた事”に気が付いている。それが何なのかまでは知らないだろうけど、俺が何かを隠していることはわかっているみたいだった。
「………俺は………ただ………」
「聞こえんな。ハッキリと話せ。普段のお前のやかましい程の声はどこにいった」
ぎろりと俺を睨む視線がさらに力を増し、馬車の柱がぎしぎしと歪む様な音まで聞こえ始めている。
「それとだ、勘違いはするな。私はお前に“無傷で自白するチャンス”を与えてやっているだけだ。聞き出すだけなら手段などいくらでもある」
くるりとその場で立てられた人差し指を回すと同時に、俺の前髪がまるで腐るようにして地面に落ち、それさえも砂のようになってしまった。
「手荒な真似も、強引な手段もあまり使いたくはない。ありのまま、全てを話せ」
彼女の醸し出すあまりの威圧感に、俺は馬車の中で膝をつき、勝手に鼓動を早める心臓を必死に抑えた。
まるでそうしないと、俺の心臓がどこかに行ってしまうような、そんな恐怖感さえ覚えたのだ。
「俺は………ただ取り戻したかったんです………会長のことも、坂下のことも………だから………そのためには手柄が必要で………それで………」
「それで封印されていた魔物を倒そうと、夜中に抜け出した訳か。私も完全に油断してしまっていたよ。まさか君がそこまでバカだったとは思ってもみなかった」
「あぐぁっ!?」
彼女の組まれていた脚が、急に動き出し、俺の顎を蹴り上げた。
痛みよりも、その行動の驚きの方が大きく、つい声を上げてしまったのだ。
「ニッカ殿は、黒鉄は彼の残した数少ない物の一つだ。それを、お前は………あぁ、今すぐここでお前を殺してもいいところだが、それでは貴様なんぞを逃がすために残ったニッカ殿があまりにも浮かばれんな」
あきれかえる様な表情でそう言った会長。その視線にはもはや殺気と呼べる物さえ含まれてはいなかった。
「で、でもっ!発案したのは俺じゃなくて………その………虎太郎で………結局封印を解いたのだって虎太郎で………俺は、アイツに乗せられただけなんです!」
「―――だからなんだ。貴様が、貴様らがやったことが、どれだけ危険なことか、分かっているのか?魔物が討伐ではなく、封印されているという理由を考えたことが無いのか?それとも………ゲームのように何事も最終的には上手くいくという、クソッたれな幻想を抱いている訳ではあるまいな」
怒りにゆがめられた顔。それを見た時、俺は自身の認識の甘さを痛感させられた。
ハッキリ言えば、どうにかなると思っていた。封印された魔物なんて、まさしく勇者が倒すべき相手だと思っていた。それにその上に突き立てられたあの剣も、伝説の武器で、俺が持つのが相応しいなんて事さえ考えてしまっていた。
ゲームのように、俺は世界を救う勇者なんだと、本気で信じて疑わなかった。
それに、常に俺に付きまとってきていた焦燥感のような物が、今では嘘のように無くなり、会長がなぜあの時オクトモアを助けたのかも、友綱がなぜ俺を止める様になってきたのかも、順次理解できるようになってきた。
「あっ…………なん、で………俺………こんな、ことを………」
溢れ出す涙が頬を伝い、馬車の床に落ちていく。
腰かけたままの会長の足元に膝まづくようにしてしゃがみ込む俺に、会長の声がさらに投げかけられた。
「貴様はな、王族に……いいや、腐敗したランバージャックの上層部に洗脳されていたんだよ。だが、その洗脳はお前の自意識を大きくする類の物であり、物事の判断なんかはお前の価値基準に基づいて行われる。かなり昔に流行った洗脳の一つだよ。完全な洗脳ではないからこそ、バレにくい。そして、ただ自意識を大きくするだけなので、お前のことを知っている連中からも、ほとんど疑われることはない。そうして一人になったお前を、勧誘、あるいは本格的な洗脳を施すつもりだったのさ」
「じゃあ、俺の行動は………全部操られて………?」
「それは違う。言ったはずだが、それはお前の自意識を大きくするだけのものだ。行動の判断も決定も、全て貴様が下し、貴様が行った行為であり、そして、貴様の責任だ。それを他者にこすりつけるなど、私が許さない」
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