第112話 ジコベンゴ

 激しい閃光で視界が潰され、目を開くことさえはばかられるようなダメージを眼球が負ったことは確かだ。

 だけど、それにしては些か静かすぎる気がする………手に聖属性の回復魔法を纏わせ、目に触れることでそのダメージを何とか回復させ、目を開いてみれば、そこには………脇腹から流れ出す出血を手で押さえ、苦悶の表情を浮かべるニッカと、今まさに、右胸を触手に貫かれて、力なく崩れ落ちた魔族の男が見えた。


「ひか、りが……効かねぇ……だと?」


 それを見た瞬間に、俺はようやく理解することができた。あれは………本当にまずい存在で、魔族の男は本当にアレを監視して、封印を守っていたという事に。

 虎太郎の体からあふれ出しては、体の中に戻ろうとする肉の塊。それが如何におぞましい物かは、もう理解できてしまった。

 それに、俺よりも弱かったはずの虎太郎が、ニッカだけではなく、魔族の男まで倒せてしまう程に強化されている。あれに俺が取りつかれるようなことがあれば、最悪の場合人類は滅ぶかもしれない。


「にげっ………にげないと………」


 頭に浮かぶのは、ニッカの言った言葉だ。俺はこの現状を仲間に伝える義務がある。だから、これは臆病風に吹かれて、敵の前から無様に逃げ帰る逃走ではなく、仕方がなく、仲間の為に逃げるだけだと、自分に言い聞かせるようにして、脚に力を込めた。


「あっあぁああっ!!」


 ゆらりとこちらを見た虎太郎だったもの。しかし、それの足にニッカがしがみつき、その進路を阻むようにしているのが見えた。


「お、れに………さわったのが………運、の………尽き………だぜ」


 その直後、俺は背後を見ながら走っていたこともあって、たまたまあった木の根に足を取られ、派手に転んでしまった。

 景色が一転する中で、唯一見えたのは、今の自分の生命を脅かす存在。そしてその存在の体が紫色に変色をはじめ、苦しみあえぐ姿だった。


「あぁぁぁぁああああッ!!!ああああっ!!!」


 もはや声も出ない。あの男は、俺が呼び捨てにして、チンピラだとバカにしてしまった男は、みずからの命を持って、あの化け物を俺に近寄らせないように、あの化け物をここで間違いなく殺すために、自身の体が壊されるのも厭わず、あの化け物に毒を打ち込んだのだ。


 苦しむ虎太郎だったものからようやく肉の塊がこぼれる様に出て来て、地面に不気味な音を立てて落ちた。


「俺の………からだぁ………使わせてやんよ………」


 肉の塊は次の宿主を求める様にニッカさんに飛びつき、そのまま肉の根を伸ばしていく。

 苦しそうな表情になったニッカさんだけど、その表情はどこか勝利を確信しているかのようにも思えた。


「オクトモアッ!!俺ごと………焼き殺せっっ!」


 その声と共に、重傷を負って倒れていたオクトモアがまるで幽霊のようにふらりと立ち上がり、重たい足取りながらも、それなりの速度を持ってニッカに飛びついた。

 途端に肉の塊はオクトモアにもそれを伸ばすが、それよりも早く、オクトモアが体から発した炎が、それを焦がし、燃やし尽していく。


「この命………千器様のために………」


「………あぁ、こんなことになるんだったら………もっと女ぁ、抱いとくんだった………ぜ………」


 その声と共に、先程の閃光よりも長い間、立ち上る火柱が周囲を明るく照らした。

 炎が最後まで燃え尽きることを確認するよりも早く、俺はテントにたどり着き、起き上がってきていた仲間に、今起こったことを話し始めた。

 目の前にいるトリスさん、ジムさん、それと会長と友綱に、俺は汗が流れることも厭わず“弁明”を始めたのだ。


「虎太郎が………封印されている魔物を………それで、ニッカさんと、オクトモアが………」


 喉を通って出てきたのは、そんな言葉だった。

 途端に視線を鋭くしたトリスさんとジムさんは、お互いに視線を合わせ、一度頷くと、俺に視線を向けてきた。


「ニッカは何か言ってたか?」


「………以後、トリスさんの指示に従えとだけ………」


「………そう、か………おい!急ぎで王都に帰還するぞ!荷物をまとめろ!」


「ちょっ、どういうことですか!?ニッカさんは!?それに、オクトモアさんはどうするんですか!」


 今の指示に噛み付いた友綱。その隣で腕を組んで目を閉じている会長は、既に何かに気が付いているのかもしれない………。


「………ニッカは、戻らねえ。俺に指示をさせるってのは事前の打ち合わせで、アイツが死んだり、行方が分からねえって時だけだ。つまり、ニッカは既に死んでいるか、これから死ぬ。それだけのやつがこの森に居やがるってことだ。俺達はこの情報を何としても王都に届け、討伐隊を編成しなくちゃならねえ。だからこそ、アイツは一人………いや、オクトモアと共に死ぬことを選んだんだろう。オクトモアの事に関する指示がねぇのもそれが理由だろうな」


 そう言い残し、自らのテントを片付け始めたトリスさん。それに続いてジムさんもその背後をついていくが、二人の拳が、血を滴らせながらきつく握られていたことを、俺はこの時見てしまった。


 俺は、一体どうしたらいいんだ………このままで、俺は本当にこのままでいいのだろうか………。

 


 

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