第111話 クロガネノホコリ

「ふざけるなッ!お前が今そうやって魔族と結託しているのが何よりの証拠だろ!それに会長も友綱まで洗脳して………お前に、もう人間としての心はないのか!?」


 俺の言葉をまともに聞く気はないようで、ニッカは頭をぼりぼりと掻きむしりながら、溜め息を吐き出した。


「洗脳ってお前な………そんな大掛かりなことして、お前らみてえながきんちょ誑し込むくれえなら、ギルドの受付の姉ちゃん誑し込むっての。それによ、オルトモアも、見た目は魔族だけどよ、しっかりと人間の事も考えてくれてんだぞ?なんせ、“たった一人で”100年近くここを守ってくれてたらしいからな」


「それが何だっていうんだよ………そんなの、その魔族の男が100年も前からこの魔物を使って計画してたってだけじゃないか………そもそも、魔族は敵だ!城でそう教えられたんだ!」


「………そうか……そう言うことかよ………あぁ、相変わらずいけ好かねえ連中だぜ………」


 急に表情に陰りを落としたニッカが、不機嫌そうに地面を蹴飛ばすのと同時に、祭壇の方で虎太郎の笑い声が聞こえてきた。

 急いで視線を向けると、額から血を流しながらも、あの伝説の武器を取った虎太郎の姿が見えた。


「虎太郎ッ!」


「この剣さえあればっ!俺は英雄になれるッ!俺が、俺こそが!本当の勇者だっ!!!」


「あのバカ、やりやがったな………おい坊主………お前はさっさとテントに向かって今の状況を報告しろ。その後はトリスの指示に従ってくれ」


 焦ったような顔でこちらを見たニッカがそう言った後、魔族の男の体から激し怒りの感情と、膨大な魔力が解き放たれた。


「貴様ぁぁぁぁぁぁあッ!!!」


 目にもとまらぬ速さで虎太郎に向かって突っ込んでいく魔族の男だが、何故か俺達には何の反応も示さなかったあのワイヤーが、急に輝きを放ち、半透明の結界のような物を構築してしまった。

 魔族の男はそれに激しく体を激突させ、ぶつかった額が裂けて出血するのも厭わず、今度は拳をぶつけ出した。


「どういう…………ことなんだよ………」


「事情は全部ジムとトリスも知ってる。詳しくはそいつらに聞けや。俺と、オクトモアは可能な限りこいつを抑え込むからよ」


 あーあ、やだねえ。なんて言いながら、先ほど俺に投げてきた武器を拾い上げ、顔を落とす前とは全く別人のような、まるで狩人のように眼光を鋭くしたニッカ。


「お前はまだまだガキンチョだ。だから失敗もするし、間違える事だってある。だがよ、俺達が生きてんのはそんなことが許されねえようなところなんだ。今は俺や、トリス、ジムがケツを拭いてやれるが、いずれそう言うこともできなくなっちまう時が来る。その時にもう間違ねえように、今この失敗をしっかりと胸に刻んで………生き残れ。そんでもって、次はテメエが守る番だ。頼んだぜ―――勇者様」


「なにいって………」


「さっさと行けって言ってんだよッ!!!」

  

 その声に、そのあまりの迫力に、俺の体を支えていた足から力が失われ、途端にその場に腰を落としてしまう。

 それを同時に、ニッカが虎太郎の元へ駆け出した。

 

 伝説の武器を抜き放った虎太郎は、何故か驚きに表情を歪めながら、必死に自分の手をかきむしっている。

 何が、一体、何があったんだ………。


「ああっぁぁぁああッ!!!」


「ちっ!オクトモア!結界を解除する!それまでは遠距離だ!」


 ニッカの声にオクトモアは頷くと、指向性を持った炎を突き出した手のひらから放つが、それは結界にぶつかると同時にかき消され、霧散してしまった。

 それを見たニッカは舌打ちを一つ、ワイヤーを固定する柱を破壊していく。

 あの結界は、トリスが全ての魔力を使い切るほどの防御魔法で何とか防いでいたはずの攻撃を、意図も容易く防いでしまい、それどころか、拮抗する様子さえなく霧散させてしまった。


「支柱は壊したッ!あとはテメエがどうにかしろ!」


 その声と共に、虎太郎が赤く血走った目でニッカを睨みつけ、地を蹴ったのが同時だった。

 虎太郎の動きは今までに見たことがない程に早く、そして野性的に思えてしまった。

 口から時折漏れ出す声は、とても人間が、理性のある動物が発するような物ではなく、本能に支配されている獣のような荒々しさと、獰猛さを孕んでいた。


「がああぁぁあ!!!」


「このくそッ!」


 振り下ろされた拳を何とか防ぐニッカだが、その足元は地面に少し埋まり、彼の体もまた、すこしの衝撃で倒れてしまいそうになるほどまで押されていた。

 あれだけの戦いを見せたニッカだが、どう見ても“英雄”ではないことは確かだった。その加護の量も、恩恵の量を見てもそれは一目瞭然だったが、それでも魔族相手にあれだけの戦いを行った者がまさか本当に英雄ではないとは。


「すまない。遅れた」


「ッせえんだ、よ!」


 ガントレットを纏う虎太郎の拳とニッカの握る小ぶりの剣が火花を散らす中、魔族の男がようやく結界を突破し、戦場に降り立った。虎太郎もそれを敏感に感じ取ったのか、一瞬視線をそちらに向けたが、その隙をつくようにニッカは虎太郎の腹部にケリをいれ、距離を大きく取ることに成功した。


「俺が前に出て、攻撃を防ぐからよ、あんたはデカいのを頼むわ」


「任された」


 短いやり取りの後、ニッカが虎太郎に向かって突っ込んでいくが、虎太郎はそれさえも見越していたかのように、突如背中から複数の触手を伸ばし、ニッカにそれを向けて放った。

 凄まじい速さの触手に、ニッカは一瞬顔を驚きに染めたが、それも本当に一瞬であり、まだまだ誤差の範囲内。ニッカはすぐさまスライディングで触手の包囲網を切り裂くように虎太郎の懐に潜り込み、何かを懐から取り出した。


「これが………黒鉄の戦い方だ」


 取り出した物が激しい閃光と共に視界を潰し、網膜まで焼き尽くす様な光の奔流が暗闇に包まれた森を一瞬照らした。


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