第108話 タカスギルジコヒョウカハメイワク

 俺達の背後では、何かの乗ったトレーを持っていた刀矢が立っている。持っていたトレーは地面に落ち、その中身をぶちまけてしまっているので、既にそれが何を運んだトレーか、何を乗せていたのかが分からなくなってしまっているが。


「…………どういう…………ことだよ…………」


「違っ……これは誤解だ!」


 虚ろな瞳でこちらを見てきた刀矢に、一歩近寄ると、当夜は突然金切り声にも似た声を上げ、その場から去って行ってしまった。

 確かに見え方によっては俺と会長が仲良く何かしてるように見えない事もないけど…………だけどあの時の刀矢の目………かなりやばかった………。


「私の想像より…………というよりもこの500年で技術は当たり前の如く進歩していたという事か。私の見通しが少し甘かったらしい」


「どういう、ことですか?」


「既に危ない領域まで来ている―――という事だ」


 会長は走り去った刀矢の後ろ姿を、いや、刀矢ではなく、アイツに掛けられた何かを見ているのかもしれない。


「この遠征………無事に終わればいいのだがな」


 そう言い残し、会長はテントに向かって歩き出してしまった。 

 ってか、会長…………それをフラグって言うんですよ…………。


「俺も………戻らないとな」


 その後、刀矢の瞳はいつもの輝きを取り戻すことなく、依然としてハイライトを消した様な暗い物だった。時折俺のことを睨みつけてくるような視線に耐えあぐね、声を掛けようとすればそそくさと逃げられてしまう。

 そんなことをしているうちに日は沈み、夕食の時間となった。

 夕食の場には、隔離されていたはずの魔族の姿があり、彼は 会長の少し背後で地面に腰を下ろしている。その様子もだいぶリラックスしているように見え、会長が上手く話をつけてくれたんだという事が分かった。


「食事をしながらで構わないから聞いてほしい。彼の名はオクトモアという。今回我々を襲ったことは間違いのない事実だが、彼にも引くことができない理由があるそうだから是非聞いてほしい」


 食事もひと段落し始めたころ、会長が唐突にそんな話を始めた。紹介された魔族のオクトモアは一度頷くと、会長の横に並び、こちらに深々と頭を下げた。


「まず、警告なしに襲ってしまったことを謝らせてくれ。長い間この森で、他種族と交わることなく育ってきた。それを言い訳にしようというつもりはないが、どこかで、侵入者は即排除しなくてはならないという固定観念にとらわれていたのだ」


「あぁ、まあいいんだけどよ。こっちも話を聞かずに反撃しちまったわけだしな。それに、テメエはそれなりに手を抜いてくれてたみてえじゃねえか。おかげで俺達も生きてられるんだからよ」


 真っ先にオクトモアの声に返事をしたのはニッカさんだった。確かにニッカさんたちの動きは迅速で、相手を敵だと認識した瞬間から殺しに行っていた。

 お互いに話し合いの余地があればよかったんだけど、こんな世界じゃそれも難しいんだろう。


「私はあるお方の命令で、この地に封印されている魔物の監視を行っている。だからこそ、封印されている地点に一定以上近づく者を許すことは出来なかったのだ。そのことについても重ねてお詫びさせてくれ」


 もう一度深く頭を下げたオクトモアに、ニッカさんが歩み寄り、肩に手を置いて一度ニヤッと得笑みを作った。


「お互い様だ。それに、譲れねえもんがあるんなら仕方がねえ。今回の一件で誰も死ななかったんだしよ、もう良しとしようじゃねえか」


「あぁ………すまない………」


「かかっ!だから謝るんじゃねえっての。まあいい、とりあえずだ、この奥には近寄らねえ方が良いんだろ?」


「そうだな。通り抜けてくれるような気配があれば静観することも多いのだが、お前たちはこの場に留まり、何か話していたので、てっきり管理する魔物をどうにかしようと来た連中かと思ったのだ。私も狩りから戻ったばかりで状況を正しく掴めていなかったのだ」


「そりゃひどい偶然だな。とにかく、今後は何かしらの対策もしておかねえとまずいだろうな」


「あぁ、今回の件を踏まえ、私も近くに来るものとは対話を試みようと思う」


 俺の想像よりもかなり早く話し合いが終わり、会長はそのやり取りを見て頻りに頷いている。だけど、俺には何となくわかる。オクトモアのいっていた“あるお方”って奴は、会長も知ってるやつなんじゃないだろうか。だからこそ、オクトモアは会長の背後に控えたり、会長の指示に従ったりしていると思う。

 さすがは世界を救った勇者だな。


 終始和やかなムードで行われるやり取りを見て、俺の心の疲れと、日ごろのストレスで酷使してきた胃がだいぶ癒された気がする。

 だからだろうか。俺はあの二人が俺達に隠れるように、こそこそと何かを話し合い、企てていたことに気が付かなかったのは。

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