第107話 ラブコメッテナンカナニモイワズニタチサルコトオオクナイ?
黒鉄の三人は会長の実力の片鱗を垣間見て、この魔族では会長の相手にならないと判断したのか、魔族をこの場に残すことを了承したのだが、当然刀矢と虎太郎はそれに猛反対し、今すぐに殺すべきだと声を上げた。
「魔族は危険だと王城で習ったじゃないですか!それなのになんでそんな奴を生かしておくんですか!」
「あぁ!そうだぜ!寝込みを襲われたらたまったもんじゃねえ!そんな化け物が一緒じゃ安心して眠れやしねえよ!」
いきり立つ二人の前に、会長が現れ、二人をなだめようとするが、どうにも二人とも引っ込みがつかないところまで来てしまっているのか、会長の話しであってもなかなか聞こうとしない様子だった。
さすがの会長もその二人をたしなめることは難しいと判断したのか、こちらを一瞥すると、やれやれと言った様子で肩をすくめて見せた。だけど、その行動がより面倒なことの引き金を引くことになってしまったようだ。
「友綱!なんでお前は何も言わないんだよ!それともあれか!?会長に媚び売って仲良くなろうとしてるんじゃないのか!」
どうやら会長の行動が、刀矢的にはそう見えてしまったらしく、怒りの矛先が俺に向いてしまった。
「別に俺は会長とそうなろうだなんて思ってない。だけど、会長の言う事も一理あるし、そもそも、この中で一番強いのは会長だろ?俺達がどうあがこうが、結局会長が力で訴えかけてきたらどうしようもないし、俺はそんな馬鹿なことで痛い思いをしたくないだけだって」
「おいおい、みやさ………ゴホン……宮本君。君の中で私は一体どういう人物像なのかこの後小一時間話し合おうじゃないか」
「やっぱりお前会長の事…………っ!」
うわ………会長が余計なことを言ったせいで面倒な感じになっちまった………あいつが会長を避けてたのはこういう事だったのかもしれないな………確かに、会長といると面倒事が起こる頻度が桁違いに上がる気がする。
「とりあえずだ。俺達が今しないといけないのは野営の準備だろ?それにトリスさんたちも戦って疲れてる。少しでも早くゆっくりできる環境を整えて、あの人たちが戦線復帰できるようにするのが一番なんじゃないか?」
現に今も、ジムさんはトリスさんの様子を見てる状況で、周囲を警戒してくれているのがニッカさん一人になってしまってる。
この状況では魔物に襲われても逃げるって選択肢を取れない。監視が一人だと精神的にも肉体的にも疲労がたまるはずだし、この状況が続けば続くほどニッカさんの体力まで削られて、俺達には不利な状況になるしな。
「それに話し合いをするにしても、腰を落ち着けて話した方が良いと思うけど」
「………それも………そうだな………ごめん友綱、少し言い過ぎた」
先ほどまで瞳に浮かんでいた黒く、もやもやした何かを消した刀矢が素直に頭を下げてくれる。ようやくいつもの調子を取り戻してくれたみたいだ。
だけど、今の問題は“そっち”じゃないんだよなぁ。
「俺は反対だけどな。時間稼いで、言い訳を考えようってのが見え見えな―――ぐぼぁっ!?」
「もういいよ。君は休んでいたまえ」
めんどくさそうになった会長がついに、さっき俺の言った“力で訴える”を発動し、虎太郎を昏倒させてしまった。その場に倒れた虎太郎は白目を剥き、無様にも口の端から涎を垂れ流している。
「さて、ではテントの準備を改めて頼めるかな?私はその間にトリスさんを回復させてくるよ」
こちらを振り返ることもなく手をひらひらとしながら去っていく会長の隣で、目に見えない壁に囲まれた空間に座り込む魔族が、何か言いたそうにしてたけど、会長は恐らく気が付いていて無視したな。
その後残された俺と刀矢は何か話すこともなく、お互いに気まずさを感じながらテントをくみ上げていった。
なんだろう。さっきまでの怒りが嘘のように、今の刀矢は落ち着いているし、以前までの、こちらに来る前の刀矢と何ら遜色ない姿に見える。時折現れる様になった狂暴な思想や、独善的な考え方を除けば、やはり今までの刀矢とあまり変わっていないのか?それとも、その小さな変化にこそ、何か大きな問題があるのかもしれない。
もともと刀矢は優しい奴だし、気も配れる。それに頭だって悪くない。俺なんかよりもよっぽどハイスペックな奴だ。だけど、そんな刀矢があんなに意味もなく声を荒げたり、仲間だろうと意見すれば敵視するような姿は、やはり違和感を覚えざるを得ない。
っと、そこまで考えて、俺はあることに気が付いた。
さっき、会長の話を聞かされた時に、俺も同じような状況にならなかったか?自分の意見こそが正しく、他の案は自身の考えに劣るだろうと勝手に決めつけていなかったか?
「ひょとすると…………俺が思っていたよりもずっとやばいところまできちまってるのか?」
俺の呟きは刀矢には聞こえていなかったようで、ほっと胸をなでおろしたが、それでも、これは看過していい事では無い。原因は一体なんだ?目的は女神様に聞いて漠然とだがわかってるが、どうやって俺達を“こんな風に”したのか、その方法が分からない。
幸いにも、俺達以外にこんな変化を起こしている連中は見ていない。そうなれば、俺達だけに起こった出来事や、俺達以外が体験しなかった事が原因なんじゃないか?
そう思った時、荷馬車に詰まれている食材が、途端に不気味に、何か恐ろしい物が混ぜ込まれているように見えてしまい、つい、その馬車に俺の適正属性である雷の魔法を放とうと、手を向けた。
「雷の精霊に希う 天より
「そこまでだ」
あと一節で魔法が完成するということろで、手を会長に掴まれた。一体いつ戻ってきたのか、何故俺の行動を予想できたのか分からないが、それでも会長の瞳は真剣そのものであり、俺を心配する様子さえ見えた。
「安心していいよ。君の意思も、心も、全部は“元に戻る”」
それは初めての感覚だった。長い時間をかけて、成長を実感する瞬間はあるが、その全く逆。たった一瞬で、成長ではなく逆行。自身の中にくすぶるようになっていたあの靄が、一瞬のうちに小さくなり、そして最後には消え去っていた。
「済まないね。本当は今夜にでもと思っていたんだが、君は私の想像以上に賢いらしい」
「い、いや…………だ、だけどっ!あの食料が原因じゃなんですか!?それならどうして…………」
「上層部もバカではないのだ。この国の上層部は千器という名を毛嫌いし、陥れようとしているが、それに反して、この国は千器の功績によって、彼と、彼のまとめたクランの功績を得て大きく発展した国だからね。国民は千器を神格視しているきらいさえある。つまり、黒鉄の皆も君や彼らのような状況になれば、今の君のように遠からず疑問を持ち、国の上層部に対して何かしらの疑念を抱くだろう。そこから考えても、あの食料は無事だ。原因はもっと他にある」
そう話す会長の瞳は、青い光を纏っており、その瞳に見られると、まるで“全てを見透かされている”かのような感覚に陥ってしまった。
だからだろうか、背後で何かを乗せたトレーが落ちる音が聞こえるまで、俺は会長に掴まれた手を、そのままにしてしまっていたのは。
「と………とも………つ、な?」
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