第105話 オジサンズパワー

 迫りくる巨大な火球を、トリスさんとジムさんが刀身が異常に長い剣のような物で切り払い、即座にニッカさんがその魔族に向かって飛び出していった。


「おらぁぁあ!!!」


 振り下ろされた巨大で、重厚な見た目の大剣。それは魔物の素材を使っていることが一目で分かるような物だった。


「―――ちっ!てめえら!ここは危ねえから下がってろ!」


 ニッカさんの声が聞こえるが、刀矢と虎太郎の二人はそれに従う様子無く、その場で剣と拳を構えた。

 俺も、ここで俺だけが下がって守る対象が分散するよりも、ひとまとめになっている方が良いと判断し、その場に残ることにした。

 そして、それと同時に、俺は自分が“守られる存在”であることを自覚してしまった。今の攻撃を、俺はトリスさんが動き出したところを見てようやく気が付いたのだ。この戦いにおいて、俺の実力では不相応だという事は、今の一連のやり取りだけでも十二分に理解できてしまっている。


「トリス!後ろは任せたからな!ジム!B4で行く!遅れるんじゃねえぞ!」


「あぁ!わかってるぜ!ニッカさんこそ、足引っ張んじゃねえぞ」


 巨大な獲物から繰り出される攻撃を、その場から動くこともなく捌いた魔族の男に、再びニッカさんが先ほどの獲物を振るう。

 それに連動し、ニッカさんの陰に隠れるようにしてジムさんが刀身の長い剣を捨て、腰に差してあった双剣のような物を抜き放ち、駆け出した。


「この地を荒らすものを、魔族は許さない」


 魔族の男は手のひらに描かれた魔法陣の中から、鍔の無い刀のような物を出し、それをニッカさんに振り下ろした。


「甘めぇ!!!」


 しかし、ニッカさんも反撃を予想していたのか、その場から離れることはなく、巨大な獲物を器用に操り、その刃をいなしたが、魔族の男はそれさえも想定していたのか、いつの間にか左手に纏わせていた炎を、次こそ必中の間合いからニッカさんの顔面に向けて解き放った。


「―――っ!?」


 だが、その攻撃がニッカさんに当たることはなく、ニッカさんの陰に、ニッカさんが振り回す巨大な獲物の陰に隠れていたジムさんが飛び出し、腕ごとその炎を斬り付け、起動前の魔法陣を破壊したのだ。


「言ったろ―――甘いってなッ!!!」


 巨大な獲物の柄をハンドルのように捻ると、すっぽりと柄が巨大な刀身から抜け、その中から姿を現したのは、80センチにも満たない剣だった。

 それを素早く振り抜き、魔族の腰から鎖骨に掛けてを逆袈裟気味に切り払った。


「…………ドライブフォース」


 その攻撃でも声さえ上げることなく、魔族の男は次なる呪文を口ずさむ。それを聞いたニッカさんとジムさんがその場から大きく飛びのき、俺達のすぐそばまで下がってきた。


「トリスッ!」


「わかってらぁ!!『土の精霊に希う 大いなる大地の力を持って 訪れる災禍を打ち払え』【ガイアウォール】」


 トリスさんが地面に手をつくと同時に、魔法陣が光を帯びて、目の前の地面に収束していくのが分かった。

 それと同時に、あの魔族から、赤黒い炎が噴き出し、周囲を一気に焼き尽くしてしまうような炎があふれ出し、こちらに向かってくるのが見えたが、それが俺達に届く前に、せりあがった地面が、その炎を完全にシャットアウトし、俺は小さく安堵のため息を吐き出していた。


「おいおい見たかよあいつ…………」


「あぁ、間違いねえ。ありゃ“魔導士”だな…………ったくなんでこんな時にレアキャラが出てくるんだっての」


 魔導士…………魔法使いとは何か違うのか?


「トリス、攻撃が止んだら壁を一気に向こうに押し込め。その隙に俺とジムで押し切る」


「…………」


 そう言ったニッカさんの言葉に何故か反応しないトリスさん。背後から見ても、彼の首筋に夥しい量の汗を伴っていることが分かる。


「もう…………持たねえ…………」


 苦しそうな声で紡がれた言葉に、その場にいたニッカさんとジムさんの表情が青くなるのが分かった。

 恐らく、この防壁が破られるのだろう。本来であれば、即全滅もおかしくないような現状だが、俺はそれを見ながらも、ひどく落ち着いていた。


「トリスさん…………だったな。防壁を解除して大丈夫だ。防御は私に任せてくれ」


 鈴のなるような声でそう言った会長。そうである。俺達には、魔王を打ち倒し、世界を救った勇者が付いているんだ。


「じょ、嬢ちゃん…………正気か?」


 その声に、ニッカさんが冷や汗を浮かべながら反応する。


「ふふっ大丈夫だ。何も問題はいらない」


「…………信じるぜ…………トリスッ!合図と同時に防壁を解除しろ!次は三人で行く。C2だ」


 会長の顔を一度見たニッカさんは、一度大きく息を吐きだしてからそう答えた。

 

「今だッ!」


 ニッカさんの合図と共に、三人が一斉に駆け出し、ニッカさんは背中に背負っていたボウガンを、ジムさんは両腰の脇に着けていたトマホークを、そしてトリスさんは走りながら次の魔法の詠唱を始めた。

 それと時を同じくして、壁が崩れ去り、押し寄せる鋪野の奔流が姿を現した。


「少しだけ“格の違い”を見せてやろう………“空圧”」


 笑みを浮かべた会長が、手を翻すと同時に、炎がまるで目に見えない何かに押しつぶされたように消え失せ、赤く焼け焦げた地面の上を三人がタイムラグなしで駆け抜けていく。

 地面が赤く発光するレベルで熱を持っているというのに、その上を走るというのは生半可な覚悟ではないように感じてしまう。

 それも、三人とも全く表情を変えることなくだ。


 これが、“本物”の戦いなんだろうか。


「くたばりやがれぇぇぇえ!」


 ボウガンを放つと同時に、先程の剣を抜いたニッカさんが、打ち出した矢に負けず劣らずの速さで魔族の男に肉薄した。

 振り上げられた剣に敏感に反応した魔族は、左腕でまず飛来したボウガンの矢を叩き落とすと、右腕は振り下ろされ始めたニッカさんの剣に向け、先程の刀のような物を叩きつけた。


「今だッ!」


 打ち下ろした腕が引き戻されるよりも早く、ジムさんが魔族にトマホークを振り上げる。

 しかし、とっさにそれに反応した魔族は大きくバックステップを行い、その危険地帯から抜け出すことに成功した。


「…………狩人ってのはな、相手を罠にはめて狩りをするんだよ」


「―――なんだとっ!?」


 どこからともなく聞こえたトリスさんの声。そして魔族は驚きの表情を浮かべながら、自身にまとわりつく岩の鎖を必死に取り払おうとするが、既に手遅れ。

 岩は下半身を飲み込み、まるで生き物のように魔族の全身を覆い隠していく。


「―――ぶっ潰れな」


 突き出した手を握りしめたトリスさんのその動作に連動しているかのように、魔族を包んでいた岩が強大な力を伴い、収縮を始める。

 中からはくぐもった魔族の男の叫びが周囲に木霊し、これで魔族との戦闘が終わるかに思えた…………その時だった。


「すまないね」


 会長の呑気な声と共に、岩の収縮は収まり、それどころか岩が瞬く間に砂に変わり、全く水分を含まないその砂はさらさらとその場に流れる様にして落ちていった。


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