第102話 ペロットイッチマエヨ

 俺と会長が馬車から外に出ると、既に刀矢や虎太郎、トリスさんたちも外に出ていたみたいだ。

 それにしても、なんだか刀矢達とトリスさん達に妙な距離感を感じる……ニッカさんの話したように、きっとあの馬車の中で話し合いや、これからのことを話し、揉めたんじゃないかと思う。

 今の刀矢は昔とは違い、不必要に人を刺激しているきらいがある。それに拍車をかけるのが虎太郎で、それを止めるのが俺の役目だった。もしかするとニッカさんは俺達のそう言った関係性を理解したうえで、この分け方をしたんじゃないだろうか。


「友綱!さっさとこっち来て手伝え!」


 そんなことを漠然と考えていれば、虎太郎に怒鳴られてしまった。この中で唯一の女性である会長はどうやら接待される立場になった様で、若干図々しくもジムさんたちと笑みを浮かべながら話をしている。

 それを見ていたニッカさんは苦笑いを浮かべながら頬を一掻きし、俺達の方に歩いてきた。


「まあ初めてじゃねえ見てえだし、極力口出しはしねえが、なんか困ったことがあれば声かけな」


 それだけ言ってニッカさんはその場を後にした。

 それを見送った俺は再びふいごのような物で、虎太郎が付けた火を絶やさぬように面倒を見る。

 刀矢は刀矢で、カバンに詰め込まれた食料を取り出し、料理の準備を始め、虎太郎は近くに薪を集めに向かった。

 まあ、二人は終始ぐちぐちとニッカさんに文句を言っていたけど。


「刀矢、薪はどこに置いときゃいいんだ?」


「できれば地面に当たらない場所が良いかな。それもしっかり乾燥させてある訳じゃないから不完全燃焼が怖いけど、今より湿るともっと最悪だしね」


「そうだな。あぁ……どうすっかな」


 二人で話し合ってるみたいだけど、そんな時こそニッカさんに話を聞けばいいんじゃないかと思う。今までは給仕の人も来てたから、その人に場所を作ってもらったりしてたんだけど、今回は同行してないからな。


「馬車の荷台の荷物を寄せて、そこにでも放り込んどけ。地面に置くよりはその方が良いだろ。その間にお前は馬に飯やってくれよ。こいつらも気張って馬車引いてんだ」


 見かねたニッカさんがそう声を開けるも、刀矢はあからさまに不機嫌そうな顔になり、虎太郎に関しては完全に無視をしている。

 こんなんで大丈夫なのかな……主に俺の胃が持つか心配になってきた。


「虎太郎、今はあいつの言葉に従っておこう。まあでも、そうしていいなら最初からそう言ってて欲しかったけどね」


「ちっ、まあいいや。友綱、お前が馬に餌やって来いよ。火は俺が見た方が良いだろ?」


「あぁ、そうだな。んじゃ行って来るわ」


 意図せずその場を離れることに成功したけど、このままじゃ本格的にやばいな。刀矢の変化もかなりやばいけど、問題は虎太郎だ。あいつは火の属性を授かって、個性も拳闘士の個性を貰ったからってかなり増長している。

 摸擬戦では無敗で、ただでさえ高かった運動能力もあって、勇者の中でも戦闘能力なら刀矢と肩を並べてるしな。


「君、少しいいかい?」


 馬にご飯をあげながら、二人の様子を見ていると、先程まで黒鉄騎士団の人達と話してた会長がいつの間にか俺の背後にきて、声を掛けられた。

 いつ忍び寄ってきたのか分からなかったし、そもそも気配を消しながら背後に立たないでほしい。


「……えぇ、大丈夫ですけど、何かあったんですか?」


「神崎君だが、おそらく洗脳に近い個性を使われている」


 …………予想はしていた。何となくではなく、それもかなり確信に近いレベルでそう思ってた。だけど、それを俺に否定させたのは、あの人当たりのいい国王が“そんなこと”に加担するはずがないと、俺自身が信じようとしていたからだ。

 だけど、そう思う度にあいつの言葉が頭を過る。あの雰囲気で、あの状況でさすがになんの利もない嘘をつくようには思えなかったのだ。


「会長はどうしてそう思ったんですか?」


 静かに、周囲の者には聞かれないように言葉を返せば、会長はニヤリと一度笑み浮かべ、今までに見たこともない様な、鋭い視線を俺にぶつけてきた。


「この世界に魔王は“もう”生まれない。魔王の純血を引く者は、既に一人の例外を除いて皆、殺されているのだからな」


 その瞳に写り込むのは、狂気。俺の知っている会長の顔ではなく、俺の知らない会長という訳でもなく、全く別の、俺や、元の世界の住民が知っている京独綾子の表情では無いように感じてしまった。


 全く異なる存在が、まるで彼女の中に介在しているような、そんな不可思議な感覚。それが途端に全身を駆け抜け、身震いにも似た悪寒を感じるのと同時に、俺は会長から大きく距離を取ろうとした。


「まあそう焦るな。私は何も君を取って食おうとしている訳じゃない。なんなら君と須鴨君の間柄を応援している一人の支援者なのだよ?」


 まて。待って。お待ちください。どうして会長がそれを知ってるんだ。一回落ち着いて話し合おうじゃないか。確かに、俺は須鴨さんが好きだ。うん。それは間違いない。だけど、周囲は俺のことを“あの一件”以来同性愛者だと思っている。思っているというか、勝手にそうさせられている。それに拍車をかけているのが、クラスのごく一部に存在する腐女子達なんだが、まあそれは一回置いておこう。


「あの男のハーレムなど、私は許さない。だからその一員になりうる彼女を、君がさっさとペロッてしまえばいいんだ」


「ペロッてしまうって何!?なんか女性の口から聞いちゃいけないモラルの欠片もない言葉だとは予想できるけど!」


「まあそんなことはどうでもいい。とにかくだ。神崎君は洗脳に近い状況、それも日を追うごとに状況が悪化していることから、これからその状況はさらに最悪になることが予想できる。恐らく君はあの“紋章”を彼に剥がされたのだろうが、それでも油断は禁物だ。いざとなればやつらは武力を持って君を押さえつけに来るかもしれない。そうなれば、今の君では到底太刀打ちできない」


「で、でも俺だって勇者の端くれですよ?聖十字騎士団の人達が苦戦したシャドウウルフにだって一人で勝てましたし」


 俺だって、こっちに来てから相応の努力はしている。如何に会長が強かろうが、今の俺ならそう簡単に負けないと言った自負もある。でもさすがに勝つことは無理だってわかるけど。

 


 

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