第99話 嫁を大事にできない奴は馬の糞以下

「あなた達、いい度胸してるじゃない。この私に向かってそんな口をきいてタダで済むと思っているのかしら?」


 ゴゴゴゴゴっと、周囲の空間が歪む様な音が響き、眉間辺りに血管を浮きだたせているマッカランがこちらを向いた。

 ちなみに、ついでとばかりに千器の体は綺麗にされてた。


「隙ありッ!“カニク・ワレター!!!”」


 横っ飛びから杖をマッカランに向け、何かわけのわからない、私にはとても理解できそうにない魔法を使った羅刹の魔女。

 それを食らったマッカランはニヤリと笑みを浮かべ、言い放った。


「どんな魔法が来ようと、私の支配の前では全て無力よ」


「残念だったわね。あんたの弱点は既にユーリに聞いているのよ!そして!アンタの支配の唯一の欠点もね!」


 両者勝ち誇ったような顔でにやけ合っていると、次第にマッカランの様子がおかしくなってきた。

 両手はきつく自身のドレスの裾を握りしめ、肩には力が入っているのかせりあがり、顔を俯かせ、必死に何かを堪えているように見える。


「さあ、負けを認めなさい!じゃないと…………感度を3000倍にするわよ!」


「ぐっ…………ひ、ひきょうよ…………そんな…………」


「はっ!何とでも言いなさい!私は負けることと、ユーリ千器について知らない話を他人からされるのが大嫌いなの!そして、最も嫌いなのは、ユーリ千器に必要とされる他の女よ!さぁ!掻いちゃいなさいよ!掻いて情けない顔面を晒しなさい!今なら感度10倍で許してあげるわ!」


「わ、私は…………こんなことには…………屈しな…………」


「そう…………残念ね。こんなところで一人、また哀れな犠牲者が出るなんて…………感度3000倍じゃボケェェエっ!!!!」


「神は申しております。とりあえずビックウェーブには乗れ、と!」


 その後、最強最悪の魔王が白目を剥いてその場に倒れ伏した。

 共謀した聖女と魔女は互いに拳を付き合わせ、酒を飲んでいる。

 イマイチ、ここのパワーバランス分からないんだよなぁ…………


「あ、あの…………キャロンさんには逆らわない方が良いです…………」


 そう話しかけてきたのは、見るからに気弱そうな青年…………真祖殺しの吸血鬼だった。


「あの人…………千器さんの卑怯の師匠です…………今では圧倒的に、ぶっちぎりのダントツ首位独走で千器さんの方が卑怯ですが…………そのルーツは…………キャロンさんなんです…………」


 さ、さすが羅刹の魔女…………というか卑怯の師匠って何?

 そんな感じで完全にグダグダになってた時、ビクンと、硬直してたキルキスの肩が跳ね上がった。


 その顔は、まるで達するのを必死にこらえる女性そのものであり、意思とは裏腹に、体が勝手に達してしまったのを、どうにか隠そうとしている様だった。

 下唇を噛み締め、目に涙を貯めながら、赤い顔で足をきゅっと閉じるキルキス。

 あの暴虐の化身とも呼ばれたキルキスの、そんな女性らしい姿に、この場に居た男性全員の目が釘付けとなってしまった。


「もうっ…………だめ………だっ…………―――っ!!!」


 そして上げられた女の濡れた甲高い声。悲鳴とは全く違う性質の、ひどく湿っぽい声は、女性陣までも赤面させてしまうような色っぽさを孕んでおり、その虚ろになった視線の先にいるのは………ハンペンをフーフーと冷ましている千器だった。


 私には、分かってしまう。この場において、あの男に使われ慣れていない私だからこそ、それに気が付けてしまった。

 過去の戦いから、キルキスは異常なまでに千器に執着を見せていた。それこそ、総帥の地位を捨て去ってまでこの国に来るほどに。さらに言えば、未だかつて一度だって敗北を味わったことの無い彼女が、初めてだるまにされ、手も足も出なかった相手であり命を見逃された相手。

 彼女の中では、あの時の戦いはまだ決着していなかったのだろう。しかし、今回の戦いで、初めて千器の全力のサポートを受け、自分でも推し測れない力の底を、更に掘り下げられた様な快感に、そのあまりの快楽に、彼女自身が認めてしまったんだ。そして、膝を折り、彼女の人生の中で初めて他者に“屈して”しまったのだろう。

 それゆえの恍惚の表情。心置きなく戦い、そして、自身の全力を超える力を振るう快感に、身も心も屈して、負けを認めてしまたのだろう。自身が、この男の武器である事を自覚してしまったのだろう。そして心がそれを良しとしてしまったのだろう。

 未だ小刻みな震えの収まらない体が、口の端から垂れてきている涎が、視線が定まらず、がくがくと揺れる視線が、それを物語っている…………って言うかなんでこんなこと私が分かんの?私千器と同姓だぞ?あ、でも女性の気持ちわかる王良くない?そんな王良くない?


せんきぃゆーりぃ………あいしている……愛しているんだ…………この世の全てよりも………なによりも…………」


 小さく呟かれたその言葉の直後、呑気に飯を食っていたはずの面々が、その場から消え失せ、千器とキルキスの間に立ちふさがった。


「邪魔を…………するなっ!!!」


 立ち上がった最強。その前には、当代最強と言われる存在が9名。誰も彼も、生まれる時代が違えば、歴史に名を残し、稀代の英雄と語り継がれるような存在。そして、その最奥に待ち構えるのは、歴史に名を残し、史上最強とまで謳われた存在、原初の魔王。

 しかし、それらの英雄が、伝説が、一瞬で蹴散らされた。

 イクトグラムの盾を素手で千切り、聖女の黄金の城を投げ捨て、飛び掛かった百姫の頭目を地面に叩きつけ、世界最大の闇組織のボスの弾丸をつかみ取り、投げ返し、地獄の門のような物を出した羅刹の魔女を、その門ごと殴り飛ばし、背後に現れた寡黙な男を白熱する氷で封じ込め、真祖さえも殺した吸血鬼を、ぐにゃぐにゃに折り畳み、巨大な槍を投擲した妖精王を槍ごと燃やし、聖剣を取り出した精霊王の聖剣を殴って叩き割り、そして、魔王の支配をものともせず、彼女を踏みつぶした。


 一瞬でそれは行われた。瞬きよりも刹那の時間で、これだけの英雄を叩き潰し、その上を悠々と歩む存在。史上最強と言われた支配の個性を、何も感じないとばかりに通過し、踏み潰す姿は、世界の生み出した理不尽。その名に恥じない物である。


千器ユーリ…………これが、私の、貴様に送る…………最愛だッ!」


 振り下ろされた氷を纏う炎の刃。

 しかし、当の千器は、それをただ見つめるだけで、ピクリとも動こうとしない。


「そいつらは騙せても………俺は引っかからなねえよ」


 目の前で止められた刃を軽く指ではじくと、それは音を立てて崩れ去っていった。

 そして、見えるキルキスの泣き顔。この世の美を全て凝縮したような端正な作りの顔を、まるで生まれたばかりの赤子の様にしわくちゃにしながら彼女は泣いていた。


「この手で……壊すことなど……私には………できない……」


「さっさと個性を解除してやれ。じゃないと“思い込み”であいつら死ぬから」


 この日、史上最強の魔王を一瞬で倒した当代最強が、名実共に史上最強の称号を得た。しかし、その新たなる史上最強は、たった一人の、無能で、無才な男の前に膝をつき、涙をこらえることもできない程に完膚なきまでに敗北してしまったのだ。


 この男に使われる事の充実感。満足感、高揚、興奮、その他の様々な感情がないまぜになり、彼女はついに、博愛主義者でありながら、その中で唯一の“最愛”を見出した。それからという物、彼女の破壊衝動は影を潜め、千器にじゃれつくように刃を振るい、彼を、彼だけに狙いを絞ったかのように、自身の愛を伝えるために戦った。

 千の武器を操る男は、武器として人を操り、それを十全に扱う。

 自身が扱うよりも、その武器を扱うに足る者の所に武器を預け、自身はそれらをサポートする。

 彼だけに許された戦い。彼にのみ与えられた力。そして、彼だけがもたらす力。

 この男の周囲になぜこれほどの強者が集まるのか、その理由の一端が、垣間見えた気がした。

 あとで聞いた話なのだが、クランメンバー全員の首に刻まれたいくつもの縦線。その刻印こそが、彼の武器である証明であり、そして、彼の所有物であるという証だったそうだ。戦いの最中に千器が用意したのは、紫色の結晶。それが四方を覆う空間であれば、彼の個性の領域であると認識することができ、その中でのみ、元史上最強の魔王を召喚したり、仲間を自由に召喚したり、空間内の好きな場所に武器を転送することができるそうだ。そして、空間内であれば、所有物のことを把握し、状態を知ることもできる。


 だからこそ、驚かされた。キルキスには当時、その刻印はなかった。しかし、千器はそれでもサポートを確実に行っていた。

 目視していれば間に合わない。もっと小さな、それこそ最小単位以下の物をかき集め、次の行動を予測し、サポートを行っていたのだ。

 彼の全力サポート、刻印がない状態のそのサポートで屈してしまったキルキスが、刻印がある状態でその全力を受けたのなら、いったいどうなるのか、想像するだけでも恐ろしい。

 再び国庫の中身がごっそり減らされたけど、残った分だけでもあいつらが来る前の3倍くらいあるしいいや。

 今日は帰りに娘に欲しがってたぬいぐるみでも買っていこう。

 あまりに非日常の出来事過ぎてそう言う現実が恋しくなる。そうだ、妻にも何かプレゼントを買っていこう。何がいいだろうか。一番上の娘にはダイヤのネックレスだし、二番目の娘はルビーが好きだと言っていたし、イヤリングにしよう。

 妻は……妻は……プラチナの毛抜きとかでいっか。








 その後、私のお小遣いが減額された。

 あと、妖精王もキルキスに目を奪われた件について嫁に厳しい折檻を受けたそうなので、今度二人で飲みに行く約束をした。


最後に、今回の話なんだが、私、全シーン水玉模様のパジャマだかんね?

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