第98話 千器の本当の意味

 離れた場所から、巨大な氷の塊を落とせば、その形状がスパイクの様に変わり、炎の攻撃の寸前、かろうじて見える投げ込まれた何か。それに炎が引火すると、威力が格段に上がる。

 それだけではない。恐らくキルキスは、千器という男を試している。両手を掲げれば、そこに現れる巨大な太刀や、攻撃する場所、彼女の考えを完全に読んでいるのか、時には鈍器、時には槍や鎌など、現れる武器は多岐に渡る。


「千の武器を操る男の名に恥じない戦い。素晴らしい戦いだと思わないかしら」


 あの男は一度たりとも戦っていないが、隣にいる魔王には、そう見えないらしい。さらに、その言葉を聞いて、いつも説明をしてくれる羅刹の魔女までこちらを向いた。


「そうなのよね。私達全員にあのレベルのサポートを同時にするとか頭おかしいわよ絶対」


「でも、それがあの人のいいところなのよね。この私でもなかなかお目にかかれないような、神代の武器を数多く持ち、それらを適材適所、最適な持ち主に一時的に貸し出す。武器は使えば彼の元に戻るからこそ、足枷にならないの」


「まあ武装の必要ないアンタは武器系の恩恵はあんま感じないでしょうけど、万能型の杖じゃなくて、特化型の杖が使おうとした術ごとに手元に来るってのは、魔を扱う者にとって理想その物なのよ」


 あの武器を出し入れしているのが千器だというのは、何となくわかっていたが、視認できない速さで動き続けるキルキスに、結界の足場を作ったり、どのような攻撃をしようとしているか分からないのに、特化型の装備を渡すなんて言うのは、下手をすれば仲間の弱体化にもつながりかねないと思うのだが。


「失敗なんてあるはずがないのよ。この私を含め、今ここに居る全員、あの人の武器の一つなのだから。千の武器、それは必ずしも切ることや貫くことしかできない形ではないのよ」


「まあぶっちゃけあいつは自分が戦う力がないって気が付いた時からサポートに回ってたわけだし、あの気配を察知する力も、本来はこれの副産物なのよ。あ、がんももあるわよ」


「頂くわ。あら、これなかなかおいしいのね。作ったのはあのペドさんだったかしら?」


「イクトグラムよ。あんまりユーリ千器の勝手につけた名前を信じてると見分けつかなくなるわよ。あいつ誰にでもサイコ野郎とか言い出すから。あんたもシイタケの煮物食べる?」


 そう言ってこちらに煮物の入ったタッパーを差し出してきた羅刹の魔女。背後で生態系の頂点に位置する龍種と、人間の最強が戦っているというのに、ここまで和やかなのはおかしい。

 だが、私はシイタケが大好きなのだ。


「いただこう。それと、イクトグラムよ、私にも何か酒を頼めるか?」


 こうなったらもう楽しもう。


「…………安心していいわよ。あいつが全力サポートして、しかもその相手がキルキスなんでしょ?世界中どこを探してもこれ以上のコンビはないわ。だから、たとえどんな生物が相手だろうと、きっと負けない」


 箸を止め、そう言ってきた羅刹の魔女。 

 その顔は、あの男の事についての絶対の自信があふれ出しているように見えてしまった。


「私のユーリ千器は英雄でも勇者でもないけど、間違いなくここにいる連中からすればヒーローなのよ」


 羅刹の魔女の話しが終わると同時に、背後で巨大な何かが地面に落ちる様な音が聞こえた。驚いて振り返ってみれば、要塞龍の首が転がり、そこから大量の血を吹き出していた。


 そしてその傍らで、キルキスが太ももの間に手を挟み、へたり込むようにして座りながら、頬を赤く染めているのが分かる。

 少し見ない間に一体何があったというのだ…………。


「うわっ!てめえ!全身真っ赤じゃねえか!」


 そんな声と共に、要塞龍の血のシャワーの中から出てきた千器は、全身真っ赤になっていた。

 

「サイコ女!これどうにかしてくれ!」


 じゅぼじゅぼと、ブーツの中にまで入った血が不気味な音を立てながら、千器がこちらに歩いてくる。

 先ほどの声に反応したアスコット、羅刹の魔女、マッカランが立ち上がり、お互いを睨みつけ始めた。


「今のサイコ女は私を呼んだのよ!あんたらはお呼びじゃないんだから引っ込んでなさい!」


「何を言ってるの?どう聞いても今のは私を呼んでいたわ。えぇそれは疑いようの無い事実よ」


「いいえ。今のサイコ女は間違いなく私です。神もそう言っております」


 神からサイコ女と言われる聖女は果たしてどうなのかと思うが、どうやら先ほどの羅刹の魔女の話し通り、あの男は周囲の女に手当たり次第にサイコ女と命名しているようだ。


「あぁー、マッカラン。俺の体にくっついてる龍の血とか、噴き出した分、あとは素材系も倉庫に一回送ってくれ」


「ふふん。どう?やっぱり私のことだったじゃない」


「は?アンタ自分がサイコ女って呼ばれてなに喜んでんのよ。そんなんだからサイコって言われるのよ」

「神は申しております。テメエがサイコだ、この腐れビッチ!と」


 あ、こいつら本当に全員サイコ野郎だ。と、つい思ってしまった私を誰が責められようか。




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