第97話 最強の邂逅

「あっはっはっはっは!最高だ!今私は愛に満ち溢れている!これだけ私の愛をぶつけても壊れない相手は久しぶりだ!」


 キルキスが手にした巨大な片刃の剣が振り下ろされ、要塞龍の大気を揺るがす様な悲鳴が木霊する。

 他の者の攻撃で出来た傷は瞬く間に塞がるのに対し、キルキスが負わせた傷だけは、その場に残り続け、止血もできないといった様子で血を吹き出し続けている。


「全員撤収ッ!」


 その声と共に、ガートのゲートをくぐって後方にいた連中や、側面を叩いていた連中が集まってきた。


「領域指定も終わったし、俺はキルキスと“あいつ”のサポートに専念するから休んでていいぞ」


「そうね。要塞龍の体力もかなり削れたみたいだし、私は休ませてもらうわ」


「私達もそうさせていただきますね」


 羅刹の魔女、そして妖精王と精霊女王がその場に座り込み、イクトグラムが収納袋からいつもの様に弁当を出し始めた。


「あたしゃもうちっとヤリたかったんだけどなァ。まあ仕方ねえ。マッカランを出すってなりゃ専念しねえわけにはいかねえしな」


「そうですね。我々“武器”はここまでです。これからは“秘密兵器”の時間ですからね」


 何を…………話しているのだ…………。

 意味が分からず、私もその場に向けて全力で走り出し、話しを聞こうと思った、その時だった。


「マッカラン」


 千器が、小さくそうつぶやいた。それに伴って、空気がまるで悲鳴でも上げているような、女性の金切り声にもにた音が周囲を支配した。


「なんだ。またあの女を出すのか」


 しかし、この中でたった一人、キルキスだけがそれを少しだけつまらなそうに見ていた。

 その視線の先には、縦に亀裂の入った空間から、白くしなやかな指が覗き、まるでカーテンでも開けるかの様に、空間の亀裂を広げて、一人の女が現れた。


「あら。今回は随分と可愛らしい子が相手じゃない。もしかしてユーリ千器。あなた私に会いたいあまり、この程度の相手に私を呼んでくれたのかしら?」


 その瞬間、龍種の肉体がぼこぼことうごめき、背中の一部が破裂した。その破裂現象がどんどん広がっていき、背中がぐずぐずになっていくのが分かる。

 何なのだこの女は、何なのだこの力は!


「ん?初めましての人もいるようね。私はマッカラン。原初の魔王なんて呼ばれているわ。それで?この場に相応しくない力しか持たないあなたの名前を私に教えてくれるかしら?」


 戦いの最中だというのに、ひどく呑気な声でそう言ったマッカランと名乗る女…………いや、もう正体には気が付いている。最強最悪の魔王にして、全ての魔王の起源ルーツとも呼ばれる魔王。世界に厄災をばらまき、大国の討伐隊を玉座に腰かけたまま無傷で殺し尽した女。50万の兵をもってしても、立ち上がらせることさえ出来ず、全てをひれ伏せさせた最強。

 それが今、私の目の前にいる女だ。


「わ、私はミハイル・ランバージャック…………ランバージャックの王だ」


「あら。そうなのね」


 特に驚く様子さえなく、彼女は虫でも払うように手を翻した。

 その直後、要塞龍がこちらに向けて放ってきたブレスが、独りでに進行方向を歪め、要塞龍の顔面に戻っていき、そして巨大な爆発を起こした。


「貴様とはいつか愛し合わないといけないと思っていたところだ。丁度いい。これから私と愛し合おうじゃないか」


 いつの間にかこちらに来ていたキルキスが、マッカランの正面に立ってそう言った。


「あら?あなたは確か“当代最強”だったかしら?その井の中の蛙が、“史上最強”の私に何か用かしら?…………うふふ、彼の教えてくれる言葉って不思議よね。いい得て妙だったかしら?まさしくそんな感じ―――っ!?」


 スパンスパンと、小気味のいい音が二回続き、キルキスと、そして最強の名を欲しいままにしていた魔王が頭を押さえた。


「お前らのお遊びはあのデカい蜥蜴を倒した後な」

 

 スリッパを片手にそう言った千器に、二人が詰め寄っていく。

 なぜ矛盾によって全ての攻撃が届かないキルキスや、事象までも支配する魔王にスリッパなんかの攻撃が通るのか分からないが、それでもこの事態を収拾できるのはあいつだけだろう。


「あぁっ!痛いっ!これも一つの愛の形ということだなユーリ千器!もっとだ!もっと私に愛を教えてくれ!」


「ちょっと?呼び出しておいてそれはひどいんじゃない?」


「んなこと良いから働け。追い返すぞ」


「いけず…………そこの。あなた一人で十分でしょ?仮にも最強を名乗るのなら。私はここで皆とお話しをしているから、あなただけで行ってきなさいな」


「まあいいだろう。あれとももっと愛し合わないといけないと思っていたところだ。それに、これだけ愛を交わしたのは久しぶりで少々興奮しているのも事実だしな」


 マッカランはなんと私の隣に腰を下ろし、羅刹の魔女が気安く紙コップを彼女に渡した。


「あなたって本当に長生きなのね。羨ましいわ」


「まぁね。なかなか凄いのよ私。あ、巾着食べる?」


 話し方が似ているだけあって、どうやら仲がいいようだ。

 そんな光景を見た千器は疲れた様子で一度ため息を吐き出した後、キルキスの顔を見た。


「呼んだ意味無いじゃん………はぁ、おいサイコ女。これから俺が全力サポートしてやるから好きなだけ暴れてこい。普段はこいつら全員に向ける意識をお前だけに集中させてやるスペシャルコースだ。感謝しやがれ」


「ふふ。この私の動きについてこられるのか、些か疑問ではあるが、まあ貴様であれば何も問題はないだろう。期待しているぞ」


「成立だ」


 軍帽をかぶりなおしたキルキスが再びその場から消えると同時に、要塞龍の巨大な顔が地面に叩きつけられた。

 勿論、それを成したのはキルキスだが、その顔は、自身の腕に装備された黒いフォルムに、金色のラインの浮かぶガントレットに向けられており、僅かに驚いているように見える。


「足場を作る。好きなところで踏ん張れ」


 何か行動を起こす前に、千器の声が聞こえ、直後、キルキスが要塞龍の頭から飛びのいた。

 空中で方向転換し、折り曲げた足の裏に結界が現れ、彼女はそれを蹴ることで更なる加速を生み出した。

 

 「…………」


 再びの攻撃は、異能である燃え盛る氷獄を纏わせた一撃。それが打ち付けられる瞬間に、再び彼女の手に、今度は小さなブレスレットがはめられていた。

 打ち付けた場所から瞬く間に巨大化する氷が、その威力を物語っている。

 そのあまりの質量に、要塞龍が動きを止めてしまう程だ。


「ハァァアッ!」


 そして空中で旋回し、かかと落としを食らわせた。

 当然のごとく、彼女が飛び上がり、踏ん張ろうとした場所に結界が現れ、かかと落としをする脚にも、レガースのような物が装備され、巻き上がる青白い炎が爆発的に勢いを増した。




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