第96話 無限サンドバック登場

 私がその場所にたどり着く頃には既に戦いが始まってしまっていたが、さすがに要塞を一飲みにするほどの巨大さの龍だ。丘の上からでも龍の体を全て見ることができない程に巨大だ。

 どれだけ大きいのか検討さえもつかない。


 そんなことを思っていれば、視界に飛び込んできた響と呼ばれた女の戦い。高い身体能力と、大男の身の丈を超える様な巨大な武器を軽々と振り回し、それで要塞龍の脇腹を次々と斬り付けていく。

 その隣ではブラッドと呼ばれた闇組織の頭目が、彼女に指示を出しながら、両手にマキナ製とわかる巨大な銃を持ち、色とりどりの銃弾を打ち出していた。

 前に千器に連れられ、マキナの国に行ったが、そこでの知識が無ければあれが何なのか分からなかっただろう。


 赤い弾丸は爆破の後巨大な火柱を上げ、青い弾丸は着弾後、その部分を凍り付かせ、緑の弾丸は、弾丸にもかかわらず切り裂き、黄色の弾丸は雷を放っている。

 その手並みも一流以上の物であり、響の動きを全く阻害せず、要塞龍の甲殻が繰り出す巨大な棘のような攻撃を全て撃ち落している。

 

 反対方向に視線を向ければ、もっと異常な光景が繰り広げられていた。

 壁と見紛うような、巨大な槍が1万程立ち並ぶ光景。そして、それが高速で回転をし始めている。

 マキナで知った“ドリル”という物にそっくりだったが、問題はそれじゃない。

 

「幻想に落ちる現実、現実に生まれる幻想、現に揺蕩う虚空の幻よ、永劫の果てで、癒せぬ苦痛を、輪廻の果てで、終わらぬ絶望を!【果てぬ苦痛の輪舞】」


 地上から現れた無数の巨大な骸骨の腕が、その手に持つ大鎌を強固な甲殻を持つ要塞龍相手に、容易に突き立て、無数に立ち並ぶ足を、闇を押し固めたような沼に沈めていく。

 それだけではなく、あの鎌からは絶えず呪毒が流されているのが分かる。

 これだけの魔法を発動するのに、たったあれだけの詠唱でそれを成してしまうとは………さすが魔法使いの天敵…………。


「足は止めたわッ!」


「キャロちゃんの魔法、いつ見ても素敵よん。これはワタシも…………負けてられねえなぁァァァぁあ!!!!!」


 ついに打ち出された回転する大槍が、要塞龍の腹部を大きく穿って行った。

 打ち付ける轟音と、甲殻を削り取るような金属音が間断なく続き、そして、ついに要塞龍が悲鳴のような物を上げた。


 視線を更に移せば、要塞龍の巨大な顔の正面に、イクトグラムとアスコットが立塞がり、イクトグラムは全身から大気を揺るがすほどの魔力と加護を放ち、アスコットは全く系譜の異なる力を爆発させた。


「タイタンアーマー」


「聖なる光よ。女神に捧げる聖杯を満たせ。キャッスル・オブ・ゴールド」


 イクトグラムの体の周辺にまとわりつくように集まった魔力と加護が、可視化するほどまで押し固められ、その隣では、彼女の前方に、うっすらと透けている黄金の城が現れた。

 それと同時に、要塞龍のブレスが、その二人を襲った。

 そのブレスは、吐き出され、放射状に広がったのだが、要塞龍自体があまりに大きく、吐き出された当初でも、小さな村であれば飲み込まれるような、そんなレベルのブレスだった。

 しかし、黄金の城にぶつかったブレスは、しばしの拮抗を見せた後打ち砕かれたが、イクトグラムにぶつかると、瞬く間にブレスは霧散し、かき消されてしまった。

 これが城壁と称された男の力か……。


 笑みさえ浮かべるイクトグラムの傍らで、膝をつき、息を激しく乱すアスコット。

 彼はそんなアスコットに手を差し出し、こういった。


「あなたの見た目があと20歳ほど幼ければ、最高でした」


 意味が分からないので視線を外そう。


 次に見たのは、ガートと、キルキス、そして、その後方にいた千器だった。

 千器は一人で何か作業のような事をしているように見えたが、キルキスは、無謀にもあの巨大な龍に拳を打ち付けていた。

 とても人間の拳から聞こえる音ではない。まるで破城槌が叩きつけられた城門のような、そんな音が周囲に断続的に響いている。

 その隣で、ガートは禍々しい色の剣で要塞龍の背中を刺している。


「俺は………人間専門なんだがな…………」


 余裕そうにそんなことを呟きながらチクチクと刺し続けるガートに対し、狂ったような笑い声を上げながら殴打を繰り返すキルキス。

 一撃一撃が、大気を揺らし、巨大な要塞龍の体までも揺らしている。

 あんな化け物にうちの城門殴られたら城事ふき飛ぶ気がしてきた。


「ガート!下がっていいぞ!エヴァンとこ行って準備できてたら青の信号弾頼むわ」


「ようやくか」


 千器が何かの準備を終え、ガートに指示を出すと、再びゲートを開いたガートがその場から消え、数秒後には青い信号弾が上がっていた。


「テメエら!準備完了だ!!!」


 千器がそれを見て、声を上げた瞬間に、異変が起こった。

 今まで各々好きなように戦っていた連中が、攻撃を切り上げ、空中の何もないところに手を伸ばし始めたのだ。


「受け取れや」


 その瞬間、完璧なタイミング、手を伸ばし、それを振り下ろす頃には全員の手元に、各々が違った武器を持っていた。

 一体、何が起こっているというのだ。


「魔槍」


 妖精王の小さな呟きの後に伸ばされた手。そこには既に赤黒い色の槍が握られており、妖精王はそれを視認することなく投げ飛ばした。


「ガトリング」


 次にブラット、闇組織の頭目の声が聞こえた直後、目の前に巨大なガトリングが現れた。それもただのガトリングでは無く、マキナの技術と魔法を掛け合わせた最高峰の代物だとわかる。

 そう言った現象が各地のいたるところで起こり始め、その中でも特に異常性を孕んでいたのが、キルキスだ。


 彼女に関しては何も言うことなく、手を伸ばせば、そこにいつの間にか武器が現れているという様子で、それに全力の魔力と、二つの異能を纏わせ、力の限り叩きつけるという動作を繰り返していた。さらに言えば、そんな乱暴な使い方に武器が耐えられるはずもなく、武器は一撃で崩壊し、それをキルキスが手放した瞬間には、次の武器が握られている。


 私でさえ、アーティファクトが無くては聞こえない声を、一体どうやって拾っているのか、そして、このような戦い方になってから、あの要塞龍がたったの一度も反撃することさえできず、身を丸め恐怖が去るのを待つ小動物の様になってしまう程に熾烈な攻撃。それが果たして一体いつまで続くのか………。

 これが、変人サーカスなどと腹いせに名前を付けてしまった稀代の英雄たちの戦いなのかと、戦慄さえ覚えてしまった。

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