第85話 主人公とはいいところを持って行く…………
止めに行くしか……なさそうだな。
それに、肉腫のボスもあそこにいるみたいだし。
倉庫から格納したばかりのアイテム、貧弱な俺の筋力じゃ威力の高いボウガンは使えない。だからこそ用意した射出機。それを腕に装着し、いつものパイルを装着する。
それを打ち出し、今までよりも遥かに長い距離を一度に移動できるようになった。
横に伸びる景色を眺めること1秒弱、その短時間で目的の商業施設に到着することができたが、寄生されていない人間も、されてる人間も全員が疑心暗鬼になり、お互いを攻撃しあっている。
ガチャガチャと武器がぶつかる音が聞こえ、視線を向ければ、商業施設の人間さえも、売り物の武器を手に、誰彼構わず剣をぶつけていた。
「やめろってんだよ」
爆音弾を放ち、周囲に爆音を吐き出すと、近くにいた連中は白目を剥いて倒れ、少し離れた連中は鼓膜が破れたのか、よたよたとおぼつかない足取りながら、血が流れる耳を抑えている。
「ちょっとは落ち着けってん―――っ!?」
全員に聞こえる様に怒鳴り声をあげれば、背後からナイフを持った男が襲い掛かってきた。
最悪なことに、俺の対処可能な強さに達していないので、反応が遅れ、脇腹を斬り付けられてしまった。
血が滲んでくる場所を抑えながら、周囲を見れば、寄生されてる連中が思いの外立ち直るのが早い。それに、標的を俺だけに定めた事から、この辺りにボスがいて、そいつが指示を出してるのが確定した。普通に寄生されるだけなら、痛みや恐ろしい倦怠感があるだけだしな。
そして、強引に火事場の馬鹿力でも引き出されてるのか、身体能力も格段に高くなっている。
迫りくる連中の攻撃を何とか回避するが、高い身体能力に、強者が持つ気配を全く発さない連中の攻撃は、いわば俺の弱点その物だ。
一般的な身体能力しかない俺では、捌き続けるのも限界が来る。
道具に頼ろうとアイテムボックスを開けるが、その中に手を突っ込む暇さえ与えられない状況。
最悪の状況じゃねえか…………生体魔具でなんか武器を出してもいいが、そうすればこいつらを殺しちまう………殺すしかねえのか?それともまだ別の方法があるか?…………だったら探せっ!考えろ!足りねえ脳みそを無理やり働かせろ!
どうするどうするどうする…………何か策は…………。
思考の海に飲まれながらも、ギリギリのところで回避しながら、さらに深く考える。どうしたらこいつらを殺さずに無力化できる……可能性の検証をしている時間はない。有効な策が思いつかなきゃ殺すしかない。
そんなことを考えていたからか、それとも、目視して回避という作業に没頭しすぎたからか分からないが、俺は最も大事なことを忘れてしまっていた。
「があああぁあっ!?」
知覚した瞬間には既に吹き飛ばされていた。狂気に紛れて、気が付かなかった。…………いや、そうじゃねえ。これはただ、俺がなまってたからだ。鈍くなってたんだ。衰えたんだ。
昔なら絶対に見逃すことなんかなかったはずの、強者の気配。それが、この狂気の中という状況と、数年のブランク、そして迷宮の戦いで負ったダメージ、様々な不幸が重なり合って、その結果、俺に一撃を食らわせてきたのだ。英雄が、その異常な破壊力を持つ攻撃を。
思考よりももっと原始的な、反射の領域で張った結界を叩き割り、俺の体を打ち付けた衝撃。それによって地面を滑ること20メートル。
服の背中は擦り切れ、途中からは皮が裂け、肉が削れたのか、血の道しるべが俺のいる場所まで続いてるのが見える。
視界はぐにゃぐにゃと歪み、激しいめまいと吐き気を催しながら、背中に感じるのは激痛ではなく……熱。
それは殴られた左腕も同じであり、痛みを感じることなく、激しい熱だけが俺に、それが痛みであるということを告げてくる。
―――やばい。肉腫のボスとの戦いもあるのに、この怪我はかなりマズい。
今の一発で、骨がいかれてるのか、内臓がダメージを負ったのか分からないが、体を動かそうとすると、左の脇腹から脇の下まで痛みがはしる。これは熱ではなく、純粋な痛み。内臓に杭でも打ち込まれるような、鋭い痛みだ。
「…………けんじゃ…………ねぇぇぇっぇえええッ!!!」
周囲に7つの爆音弾をばらまき、それでやつらの動きを止める。
だが、その中に一人、回り込んでいる英雄。そいつだけは俺の元に一目散に突っ込んできやがった。
「テメエが肉腫のボスだなっ!!!」
この英雄の体は、既に肉腫のボスに寄生され、脳みそまで侵されてる。助けることは不可能だ。
気張って立ち上がったのは良い物の、左手に全く力が入らず、体もおかしい。さらに言えば、カウンターを放つことができないような間合いから突っ込んでくるため、俺の攻撃は視認され、止められることが分かる。
一番苦手なタイプの戦い方だ。
思考を瞬きよりも短い時間で済ませ、落とし穴を作るが、それは簡単に飛び越えられ、俺の頭上で英雄が巨大なハンマーを振り上げた。
結界、駄目だ。強度が全く足りねえ。陣じゃ間に合わねえ。何か道具を探す時間もない…………万事休すってか…………。
俺が無駄に抵抗することを諦めた瞬間、巨大なハンマーを振り下ろし始めていた英雄が吹き飛び、民家の壁をぶち抜いて見えなくなった。
「この街は吾輩達の街なのだよ。この街を壊そうというのなら、このエヴァン・ウィリアムズが許さないのだよ」
美しい金髪をオールバックにまとめ、黒いマントをはためかせる男。
俺のかつての仲間の一人である、真祖殺しの吸血鬼、エヴァン・ウィリアムズがそこにいた。
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