第86話 どんなところにも変わり者はいる

「貴殿ら、これ以上の争いを吾輩は看過できないのだよ。即刻武器を捨て、その場に頭を垂れるのだよ」


 眼力。異能の一つであり、最高位の吸血鬼にのみ許された、他の生物を従わせたり、空間事圧縮したりできる万能な異能だ。

 それにあてられた街のやつらが虚ろな瞳に代わり、膝をついた。


「全く…………ちょっと隣町まで母乳を分けてもらいに行ってたらとんだ災難なのだよ。こんなんじゃおちおち授乳プレイ専門店にも行けやしないのだよ」


 あぁ、そう言えば昔にそんなことを吹き込んだ気がするわ。

 母乳って血液とほとんど同じらしいぞ?とか言ったらコイツめっちゃ興奮してたしな。


「……おい、バカ吸血鬼………」


「ん?何なんだよ君は?」


「その話し方…………どうしたんだよ…………キャラ付けにしたって、もうちょっとなんかあんだろこのオネショタ野郎が」


「―――っ!?そ、その呼び方はひょっとして―――ユーリ殿…………?」


「おう、皆のアイドル……ユーリさんだ、このやろう」


 全身のダメージが結構ひどくて話すのも億劫だ。

 だけど、まだあの英雄に寄生した肉腫のボスは死んじゃいねえ。


「お前回復薬とか、ねえの?」


「一応あるのだよ。道すがら困っているシングルマザーを助けて母乳を分けてもらおうと画策していたんだがね、なかなかそう言う刺激的な出会いがふべらっ!?」


 なんか不気味なこと語り始めやがったから、血を飛ばしてやったら苦しみ始めやがった。


「血ッ!?血は嫌いなのだよ!!!!アレルギーなのだよ!!!」


 回復薬を俺にぶん投げてきやがったから、それを何とか掴んで、一気に飲み干せばいくらか体がマシになった気がする。


「んなことあるかよ。とりあえず………久しぶりじゃねえか」


「うむ。そうであるな!ユーリ殿」


 こんな話をしながらも、エヴァンは背後から襲い掛かってきた英雄の攻撃を簡単に避け、後頭部を掴み、それを地面に叩きつけやがった。

 その衝撃で、そっから10メートル弱くらいの地面にひびが奔った。

 相変わらずの怪力じゃねえか。


「積もる話もあるが、今はこいつの処理が先だ。前に言った肉腫の化け物の話し、覚えてるか?」


「こう見えて記憶力は良い方なのだよ。母乳を分けてくれるシングルマザーの顔と名前、休日は全員完全に記憶しているのだよ」


「死ねばいいのに。まあいいや。とにかく、こいつを殺すには炎が必要なんだが、生憎と既に英雄に寄生されてると、俺の用意できる火力じゃ心もとない。要するに…………テメエがやれくそ野郎」


「承知したのだよ」


 そう言って俺の方に手を伸ばしてくるエヴァン。俺の方を見ることなく、英雄の頭を押さえつけながら伸ばされた手が、完全に伸び切る前に、俺はそこに武器を投げていた。


「少し遅くなったのだよ。サボっていたのであるか?」


「5年ほど安全な世界で学生してたんだよ」


「なるほどである」


 そう言って、エヴァンは俺が100人いてもひねり出せないような魔力を一瞬で魔剣に込め、白い炎を灯した。


「全てを無に帰す浄化の炎よ、母乳と同じ乳白色の輝きを持って、悪を滅せよ!」


「台無しだなおい」


「セイクリッドフレイム」


 石畳が敷かれている地面がガラス化するほどの熱量を持った刃が、英雄の体を瞬く間に燃やし尽くし、灰さえも残すことなく消し去った。


 これで後は残った肉腫を殺すだけで終わりだ。

 そう思った時、俺の糸を抜けてきたのか、カリラが俺の所に走ってきやがった。

 今のを見て、戦いが終わったと勘違いしているのか、それともほかに何か理由があるのかわからないが、やってくれたなって感じだ。


「―――がぁっ!」


「なッ!?」


 周囲に隠れてた肉腫が一斉にカリラに飛びだしていく。それをカリラ本人が認識するころには、俺がカリラの前に立ち、その肉腫を全て受け止めていた。


 口元からは声にならない叫びが漏れ、肉体の中を肉腫の根がうごめく激痛と、その不快感が体を駆け巡り、一瞬にして冷や汗がドッとあふれ出した。


「何で、来たんだよ……」


「あ、あぁ…………」


「聞いてん、だけど………?」


「と、統制協会の……クイーンが…………」


 最悪だ。あの統制協会の結界の前で処理をしてたクイーンが寄生されたらしい。それが確かなら、その寄生した個体が次のボスになってもおかしくない。


「悪運だけは最高なんだけどな…………エヴァン、統制協会だ。クイーンが寄生された」


「了解なのだよ。そちらの女性も一緒に移動させるのだよ。道中の肉腫は吾輩の聖なる炎で焼き尽くしてやるから安心していいのだよ」


 ほんっと、適当な吸血鬼だよな。

 好きな料理がペペロンチーノだし、枕洗濯するとか言って聖書を枕にして教会で爆睡し始めるし、神聖な、とか聖なる、とかそう言うの大好きだし、十字架のネックレスつけてるし、血が死ぬほど苦手だし、海行った時はパンツ一丁で体を焼くとかほざきだして、全く焼けなくて落ち込んでたし。

 だけど、力だけは本物だ。

 真祖、吸血鬼の中で最強の個体の血を吸いつくして殺し、要塞龍の尾をその身一つで受け止め、並みの英雄や勇者じゃ相手にならないような身体能力に、眼力を備えてやがる。

 吸血鬼という種族の不死性もあり、キルキスよりも回復力だけは高い。

 こいつがいれば、この件はすぐに片が付くだろうな。たかが“クイーン程度”じゃ、準備運動にもならねえよ。

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