第81話 ちょい悪くらいが結構モテる

◇ ◇ ◇


 久しぶりにサイコ野郎と会ったけど、相変わらず歪みまくってたな。

 まあいいや。仕事だけは正確だし、道具も少しも劣化することなくしっかりと維持されてた。

 装備の大半も手元に戻ってきたし、これならまあ、どうにかなるはずだ。


 カリラを置き去りにして、俺はそのまま15階層のボス部屋に移動した。

 真正面から戦うなんて自殺行為をしようとは思えないし、もちろん影でこそこそしてます。ひょっとすると前世はゴッキーだったのかもしれないな。


「ブラックドラゴンに、フレアワイバーン、オルトロウスにハングブッチャーか」


 階層を守護している連中の中でも、とりわけ危険なのが、今名前を挙げた四体の魔物だ。

 黒い鱗のドラゴン、赤く、刺々しい甲殻を持ったワイバーン、オルトロウスは双頭のミノタウロスで、真っ黒な全長は8メートルに上る。そしてハングブッチャー。トロールとサイクロプスの間にできる突然変異種って噂があるけど、本当は普通に存在している種族だ。

 まあ、挙げられた二つの種族のいいとこどりみたいなやつだけど。

 巨大な体に強大な力。異常なまでの回復力を持つ厄介な奴だ。

 やつなんだけど…………まあブラックドラゴンとフレアワイバーンがいたことがラッキーだね。あ、普通なら失神してゲロぶちまけてますけど、今この場においてだけは感謝って感じね。


「道具を取り戻した俺は強いぞ?」


 一人恰好をつけ、俺はアイテムボックスから取り出したものを投げる。

 人間の頭をあまりサイズの変わらないそれは、地面に落ちるとともに、不気味な音を立てる。

 その衝撃で中身の汁が出て来て、なおのこと不細工な見た目だ。


「ではアッシはドロンしやす」


 これから起こる“戦い”に備え、俺はその場を離れる。

 100以上の強力な個体が集まり、階層の入口にはまだ魔物が大挙していることが分かるこの異常な空間で、俺の投げた物が如何に効果的か。

 まあ、それなりに経験を積んだハンターなら誰しもが持っている護身用アイテムだ。これだけの規模の敵に使うことはまあないだろうけど。


「ドラゴンはカテゴリでは龍種の下位互換である竜種に分類されるわけですはい」


 発情したドラゴンは、周囲に自身の強さを誇示し、メスの気を引く習性がある。いつ自分を殺すか分からない相手を好きになるとか頭大丈夫?って感じがしないでもないけど、あれだね。若いギャルがちょい悪風の男に引かれちゃう心理だねきっと。


 俺が投げた物は、ドラゴンが発情期に発する特殊なフェロモンを出す機関、それを生きたまま摘出した物だ。

 生きたドラゴンから摘出されたそれは、生命の危機に瀕したと錯覚し、種を残すために周囲のドラゴンを強制的に発情させるフェロモンをまき散らす。

 要するに…………ドラゴン、ひいては竜種が2体もいるこの状況で、制空権を取れない連中はあの二体に蹂躙されるだけなんですわ。 

 それがたとえ、99階層を守り、かつてのランバージャック軍の精鋭50人と、英雄2名を退けたオルトロウスが相手であっても変わらない。

 相性って奴は、これ以上ないって程戦況を左右するんだ。

 例えば、俺がそれなりに強い奴に勝てるみたいに。


 そうこうしているうちに、飛び上がった竜種の蹂躙が始まった。

 ブレスや、金属の盾を豆腐みたいにグズグズにできる鉤爪、巨木をへし折る尻尾などが、地上でバカみたいな顔で武器を振り回すことしかできない魔物達を瞬く間に蹂躙し、喰らい殺していく。

 発情したオスは、生殖行動の為に肉を欲するもんだからね。どんどん食べて掃除してくれるのはありがたい。


 たった数分でボス部屋を血の臭いで充満させた二匹に、オルトロウスが地面を蹴り、飛び上がることで攻撃を浴びせた。

 巨大な手が持つ、バカでかい出刃包丁のような剣を、ワイバーンに叩きつけるが、ぎりぎりで回避したワイバーンは、脚を切り落とされただけでとどまった。

 それを見たブラックドラゴンはこの敵の中で唯一の敵をオルトロウスと定めたのか、まずそれの処理に向けて動き出す。

 当然足を吹っ飛ばされたフレアワイバーンも、あまりの怒りからか、口元にブレスを貯めこみ、オルトロウスの真上に飛び上がった。


「あれ、オルトロウスってあんな武器使ってたっけ」


 そうつぶやいたのも束の間、フレアワイバーンが限界までため込んだブレスを地上に向けて吐き出そうとしたが、それは敵わなかった。

 首を無くしたフレアワイバーンが、くるくると回転しながら地面に落下し、ベチャっと血だまりを広げた。

 それをやったのは、ブラックドラゴンである。

 完全な隙を狙っていたのか、首をもたげて、がら空きになった所を噛みちぎりやがった。


「うわ、コレ最悪のパターンのスタンピードだ」


 スタンピードにはいくつかのパターンがある。

 魔物が迷宮内で過剰に増えて、外に溢れるパターン。迷宮の中に強力な個体が生まれ、逃げる様に外に出ていくパターン。そして、知能の高い魔物が魔物を率いて外に出てくるパターン。いろいろあるけど今回は知能が高く、強力な個体が生まれ、逃げる者と、率いられる者に分かれたパターンだ。

 パターンとか言ってるけど、こんなことに出くわした経験は未だにない。


 地上の魔物の大半が殺され、残すところはあのオルトロウスと、ブラックドラゴン、70階層レベルのやつが12~13くらいか。

 潮時だな。

 そう思って俺はナイフの柄に瓶を括り付けた物を幾つか投げ込む。

 この瓶に入っているのは、討伐ランク57の魔物であるカルドレアスコーピオンの毒を気体にした物が入っている。気体にするのはかなりシビアな制度の工程が必要だし、失敗すると死ぬ。気体にしても毒の威力が弱くなる。あまりいいことがないんだけど、この毒の性能を知っている連中にはバカみたいに売れる。


 その効果は麻痺と精神異常。メジャーなもんだけど、この毒は少し違う。

 何が違うかって言うと…………精神がおかしくなって、麻痺し始めていることに“気が付かない”のだ。


「もう少しか?」


 地上の魔物が残り3匹と、オルトロウス、空中にはブラックドラゴンの構図だが、動きの遅くなったブラックドラゴンを、ついにオルトロウスが捕らえた。

 如何に空の覇者と言われる竜種であろうと、空を飛ぶには繊細な力加減や絶妙な制御が必要になる。それこそ、あれだけの巨体が浮かび上がるなんて近代科学の影響を多分に受けているやつらなら、この現象を理解できず、ファンタジーだから。なんて言葉で終わらせるだろうが、この世界で50年以上育った俺からすれば、これはなんの不思議もないことだ。


 確かに物理法則を簡単に覆す様な連中がいたりするが、それでもこの世界にもしっかりとルールは存在する。俺達のいた世界の法則が適用されない事もそれなりに存在するんだ。

 例えば、魔力とかな。

 魔力を浮力に、風に、様々な使い方をして空に浮かぶあの巨大生物が、何の原理もなく、裏付けもなくただそう言うモノだからという理由で空に浮かぶほどこの世界は適当じゃない。

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