第80話 しょうもない男
「見えたわよね。彼がどうして“千の武器を操る”なんて名を冠しているのか。その意味を、その本当の凄さを」
…………見えちまいました。神剣だけじゃなく、歴史書に記載されているような武器や、伝説上の武器、英雄譚に出てくる行方の分からなくなった武器、それらを駆使して戦う姿。それが最初に千器の名を与えられた所以だと、そう思っちまいましたが、全然違ってやがりました。
「ふふっ、これで少しだけ彼に相応しくなったかしら。まあ、でもほんとにギリギリのところでの“及第点”ってところね。あと少しで赤点もいいところのスレスレ。だけど、まあ彼に仕えることを“許してあげる”から、精一杯励みなさい。私や、世界に散らばる魔族を、その種その物を救ってくれた私のヒーロー。そんな存在のお世話をするのだから、あなたはそれに相応しくなりなさい」
最初の雰囲気とは異なり、まるで母親のような物言いに、少しだけ親近感みてえなもんが沸いて来ちまいました。
「そういや、血を引いてるってことはバカ主人とマッカラン様は―――」
「いいえ。彼はまだ未使用よ。残念なことにね。私の支配で、土くれを人間やそれに近い種に変えたことがあるの。それが各地で繁殖して一つの種を作り上げたの。それが魔族なのよ…………楽しい時間は存外早く過ぎてしまうものだけれど、ここまで時間を早く感じたのは久しぶりだわ。本当はもう少しお話をしていたいのだけれど、どうやら彼の準備が整ったみたいだから………まあ、また気が向けば会いに来てちょうだい。まだまだたくさん話したい事もあるし、聞きたい事もあるの」
そう言って、マッカラン様が視線を送った先には、巨大なコンテナを“アイテムボックス”に収めたバカ主人が耳の穴をほじってやがりました。
「和解できたみたいでおじさん一安心だわ………マッカラン。迷宮内の事は粗方わかるよな?」
「ええ。それに、あなたが望むのなら、命を賭してでも全ての様子を見てくるけど?」
「そこまではしなくていいわ。その代わりカリラの友達をやってくれや…………っと、今スタンピードが起こってんのはわかるな?」
「15階層のボス部屋で待機してるわ」
「話が早くて助かる。カリラ。俺達も戻るぞ」
バカ主人の話を最後まで聞くことなくそう言い切ったマッカラン様は、バカ主人から視線をずらし、他にも並んでやがるコンテナの方に視線を移しやがりました。
「ふふ、他のコンテナはまだいいのかしら?」
「そっちには素材系が入ってるだけだしな。引き続き管理頼むわ。あ、あと時間停止の効果が切れそうなら掛けといて」
「安心していいわ。あなたをがっかりさせるようなことを私がするはずがないから」
「そりゃありがたい」
それだけの会話を残し、マッカラン様から奴隷紋を外したバカ主人が、迷宮の真の最下層を後しやがりました。
それに続いて、私も出ようとすれば、突然足が止まっちまいました。
「―――なにか?」
「これは命令ではなく、お願い。あの人はいつも死にそうになるから、その時はお願い。助けてあげて」
「…………言われるまでもねえですよ」
打ち解けたこともあってか、マッカラン様に対して余裕を持って返事をすることができる様になっちまいました。
スラムの生まれってのもあって、口調がおかしなことになっちまってんのはもう諦めちまいましたが、まさか先祖様にこんな口を聞いちまうとは。
「次会う時にゃ、あんたはどうやって生まれてきたのか、それを話しやがれってんですよ」
それだけ言って、先を進み始めたバカ主人の後を追いかけ走り出す。
背後からは僅かに息を漏らす様な笑い声が聞こえやがりましたが、まあ気分を損ねてねえようだし、どうでもいいです。
帰りは、まだ魔物が沸いて来てねえこともあって、行きよりも早く登れちまってます。
まあ、登るって言っても、私がやってんのなんて、バカ主人に掴まることだけなんですが。
バカ主人は、迷宮の縦穴に杭を発射して、それを巻き取るだけ。私はそれにしがみつくだけで簡単に上の階層に出ることが出来ちまいました。
それにしても、縦穴に杭を打ち込むなんて難易度の高いことをバカ主人は一度も失敗することなく、それでいて崩れそうになる心配さえない安定感でのぼっていきやがります。
そして、五階層、一番最初の縦穴を抜けた先の階層で、ドラゴンの雄叫びのような物が、迷宮の奥から聞こえてきやがるのを感じちまいました。
「あ、ごめん。俺マッカランの所にコンドーム忘れてきちゃった。これじゃカリラたんと思う存分夜を楽しめないじゃん。ってことで少し忘れ物取りに行くからさ。先に行っててよ」
こんどーむってのが何なのか分からねえですが、どうせろくでもねえもんだってことはわかります。
それにしてもこのバカ主人は………もう少しまともな言い訳が思いつかねえんですか?
「テメエから目を離すと私がマッカラン様にどやされんで、私もついて来ます」
「そう?じゃあいくべ」
そう言って、再び縦穴の中に潜った私とバカ主人。
ですが、おかしい…………この縦穴で階層は30階層を超えた辺りのはず…………本当に気が付いてねえってんですか?
そう思いながら、私がバカ主人の服を放して飛び降りた瞬間、ギュイィィンと、ロープを巻き取る際の音が耳に飛び込み、音が出る場所に視線を向けると………。
「いやぁ、カリラがいると娼館にも行けやしねえし困ってたんだわ。迷宮の中に置き去りにすりゃ魔物に殺されて死体は消える。これぞ完全犯罪!」
相変わらずバカみたいな顔でそう言ったバカ主人が、一人で上の階層に上っていきやがりました。
…………何バカなこと言ってやがんだか…………ご丁寧に食料の入ってる収納袋を私に持たせたのはそういうことだったんですか。そもそもスタンピードで魔物がいなくなってるから安全とか言ってたのはテメエじゃねえですか。
「…………私を騙してえってんならもっと上手い演技しろってんですよ」
誰に言うでもなく呟き、私は上の階層に続く階段に向けて走り出した。
99階層の魔物がいなかったことから考えても、そこの連中が上がってきてるのなんかは明白。そんなところに、あのバカ主人を一人で行かせてなんかやるかってんですよ。
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